JR前橋駅に設置された「デジタルよろず相談所」を視察する岸田首相(左)=3日午後(代表撮影)
JR前橋駅に設置された「デジタルよろず相談所」を視察する岸田首相(左)=3日午後(代表撮影)

 岸田文雄首相は、今の健康保険証を来年秋に廃止しマイナンバーカードに一本化する政府方針を当面維持すると表明した。

 マイナンバーに別人の個人情報の誤登録が相次ぎ、国民の不安が高まり内閣支持率が下落。自民党からも廃止延期を求める声が相次いだ。首相は延期論に一時傾いたが、関係閣僚の抵抗で押し戻され右往左往した。首相のリーダーシップ欠如は深刻と言わざるを得ない。

 政府は保険証を廃止する代わりに、全国民の半数近いマイナ保険証を持たない人全てに、申請不要の「プッシュ型」で「資格確認書」(有効期限最長5年)を交付する方針だ。膨大な手間暇とコストが必要になるのは間違いなく、実際の発行事務を主に担うのは自治体や健康保険組合などだ。

 そもそも保険診療にマイナ保険証と資格確認書の2本立てを認めるなら、今の保険証がそのまま使えれば事足り低コストで済む。保険証廃止延期はかえって混乱を招くと退けた形だが、どんな混乱があるのか。首相から納得いく説明はなかった。

 来年秋の廃止については自民党が「無理に時間を切らないでいい」(萩生田光一政調会長)と声を上げたほか、共同通信のアンケートでは全国の市区町村長の4割超が延期を要請。日本医師会も保険証を25年秋以降も使えるよう求めており、現場は延期に伴う混乱を本当に懸念しているのか。

 来年秋廃止は河野太郎デジタル相が昨年10月、表明した。だが、それに先立つ6月に閣議決定した骨太方針は「24年度中の保険証原則廃止」を明記。8月に入閣した河野氏が首相から「デジタルトランスフォーメーション(DX)を一気に加速させてほしい」と指示され、実行したのが実態だ。

 現場を督励しつつ、廃止に向けた作業を進めてきた河野氏や加藤勝信厚生労働相にしてみれば、はしごを外されるに等しい廃止延期論に抵抗したのはある意味当然だろう。

 それでも、廃止方針を維持した判断には疑問が尽きない。廃止の関連法が6月に成立したばかりで、秋にも延期法案を提出する必要が生じることを嫌ったのか。廃止に向け、自治体や関係機関に無理を強いてきた国側として方向転換はメンツにかかわると意地になっている感も否めない。

 延期は、マイナカードの普及を通じた行政デジタル化の推進に逆行するという考えも政府側にはある。だが、マイナ保険証に加えて資格確認書も使えるようにすることが逆行しないのなら、今の保険証を当面使えるようにしてもデジタル化の大きな障害にはなるまい。

 首相は、今年秋に取りまとめるマイナンバー誤登録問題の総点検結果を踏まえ、必要ならば改めて廃止延期も含めて判断する考えを示した。それまでには混乱が収まるという楽観的見通しに立って、秋まで結論を先送りしたと見られても仕方あるまい。混乱がなおも続けば、秋にまた延期論が蒸し返され、政府は一層難しい決断を迫られる可能性もある。

 首相が廃止延期を一時検討したのは、一気に支持率を回復できると見たからではないか。だとすれば短絡的だ。まず混乱収拾の具体策を固める。実行の時間不足なら延期も当然必要になる。具体策の結果が出る前に延期に飛び付くようでは、本末転倒だ。