日本への原爆投下から78年。広島は6日「原爆の日」を迎えた。長崎も9日、鎮魂の祈りに包まれる。被爆地の式典は新型コロナウイルスの感染症法上の5類移行を受け、昨年までのような制限を設けずに開かれる。
今年3月末で被爆者の平均年齢は85・01歳。被爆者の人数は11万3649人となり、1年で5千人超が亡くなった。
「こんな思いは他の誰にもさせてはならない」との一心で核廃絶を長年訴えてきた被爆者。そんな強靱(きょうじん)たる非核の理念と哲学を否定するかのように、核兵器を巡るリスクが著しく増大している。
ウクライナの戦争は長期化し、ロシアによる核威嚇のシグナルはとどまることを知らない。前大統領のメドベージェフ安全保障会議副議長は数日前、「(西側の支援を受けた)ウクライナの攻撃が成功し、わが国の領土の一部を占領するなら、核を使わざるを得ない」と通信アプリに投稿した。
ロシアはこれまで、米国の核弾頭を北大西洋条約機構(NATO)の欧州非核国に配備する「核共有」を批判してきた。にもかかわらず、自身が隣国ベラルーシへの戦術核搬入を強行した。核どう喝を露骨に強めるのが狙いだろう。
ロシアはまた、米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止を宣言、核拡散防止条約(NPT)が核保有国に義務づける核軍縮は完全停止している。グテレス国連事務総長ら国際的指導者が、冷戦終結以来、核使用の危険性がかつてなく高まっていると警鐘を鳴らすゆえんである。
中国も透明性を欠いたまま核軍拡に動き、北朝鮮は核ミサイルの実戦配備を着々と進める。
こうして核リスクが膨張するタイミングで今年5月、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が被爆地で開かれた。米英仏の核保有国の首脳らが広島に集い、原爆資料館を見学した。
核保有国の指導者が「被爆の実相」に触れ「核なき世界」への決意を固め、実際行動することは極めて重要だ。広島開催に一定の意義はあった。
一方、G7が出した「広島ビジョン」は防衛目的での核の役割を肯定し、核抑止力堅持の方向を示した。これに被爆者団体が反発、松井一実広島市長は平和宣言で核抑止論は破綻していると指摘し、核抑止から脱却することの重要性を訴える。
安全保障環境が厳しい昨今、抑止力の完全否定は困難だ。それでも抑止力を核に過重依存することは危険である。抑止目的でも核戦力を増強すれば、相手国もそうする可能性が非常に高く、核軍拡競争が世界をさらに不安定化させるからだ。
肝要なのは核にばかり抑止力を求めるのではなく、核の役割を低減させながら、通常戦力やミサイル防衛、さらに外交や相互依存といった非軍事的手段も存分に活用しながら「抑止力の非核化」を進めていく道筋だ。
その道筋を描くため、核抑止論を超克する議論を被爆国の日本が今すぐ主導すべきだろう。
「(日本は)米国の核に頼る政治をしようとしています。軍拡の準備はいりません。世界の平和は人と人との話し合いです。戦争は人が始めるもの。止めるのも人です」
共同通信が今年行った被爆者アンケートには、こんな記述があった。岸田文雄首相と政府関係者の胸に刻んでもらいたい至言である。