トーマス・ドルビーのベスト盤「レトロスペクタクル~ベスト・オブ・トーマス・ドルビー」
トーマス・ドルビーのベスト盤「レトロスペクタクル~ベスト・オブ・トーマス・ドルビー」

 「彼女はサイエンス」はちょうど40年前の1983年に英国のトーマス・ドルビーが放ったシングル。風変わりな曲で、あの頃では珍しい、今で言うラップの要素も感じられて斬新で、繰り返し聴いた。当時、同じように引きつけられた人がたくさんいたようで、全米5位のヒットを記録した。

 それにしても「彼女はサイエンス」という邦題はおかしな日本語だ。「彼女はサイエンティスト(科学者)」なら分かるが、彼女=サイエンス(科学)とは、なんのこっちゃ?である。

 もっとも日本語では「AはB(だ)」と言ったときに字面では「A=B」の関係が成立しない場合もある。いわゆる「うなぎ文」という文で、食堂で「ぼくはうなぎ(だ)」と言うような場合である。これは、昼食を前に、自分は本当は人間ではなく魚のウナギだと正体をカミングアウトしているわけではなく、うなぎ丼(もしかしたら、うな重)を注文するとの意思表明だ。

 「彼女はサイエンス」も「うなぎ文」的な状況は考えられる。成り立つ状況を考えてみると、職員室で先生たちが生徒一人一人の苦手科目(あるいは得意科目)を話していて「彼は国語」「彼女はサイエンス」などと言う場面はありそうだ。しかし、その場合、話者が外国人指導助手でもない限り「サイエンス」とは言わずに「理科」となるはずだ。そもそも、そういう歌詞の内容ではない。やっぱり「彼女はサイエンス」はおかしな邦題である。

 原題はShe blinded me with science。直訳すると「彼女はサイエンス(の力)で僕の目をくらませた」といった意味だから、安易に前半部分だけを切り取ったのだろうか。あるいは、曲の途中に入る「サイエンス!」というかけ声(?)に引っ張られて”乗り”で付けたのだろうか。

 しかし、思うのである。マッド・サイエンティストのようなイメージのトーマス・ドルビーが歌うこの奇妙な曲の題は、変な日本語だからいいのだ、と。実は、深い邦題かもしれない。
 (洋)