文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」が俳優の薬物事件を理由に出演映画への助成金を取り消したのは違法として、製作会社が交付を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁は「不交付は違法」との判断を示した。芸文振側は、交付は国が薬物に寛容との誤ったメッセージになる恐れがあるとし「公益」を損ねると主張していた。
判決は公益について「そもそも抽象的な概念であって、助成対象の選別基準が不明確になり、表現行為に萎縮的な影響が及ぶ可能性がある」と指摘。芸術文化の振興という助成の目的を害するとした上で「憲法で保障された表現の自由の趣旨に照らしても、看過し難い」と厳しく批判した。
映画やテレビドラマで出演者の不祥事があれば、出演場面をカットしたり、代役で撮り直したりするのをよく目にする。主役の不祥事なら公開や放映をやめ、過去の作品も配信中止にすることが多い。この点についても、判決は「出演者の知名度や役の重要性にかかわらず、公益が害される具体的な危険があるとは言い難い」としている。
芸術文化の公的助成の在り方を巡り、過剰反応による表現活動の萎縮を重くみて、芸術の自主性や創造性を損なわないよう戒めた。時に政治介入も見られる中、判決を契機として、自由な表現を守り支えるために何ができるか、社会全体で議論を深める必要がある。
問題とされた映画は「宮本から君へ」。完成した2019年3月、出演した俳優のピエール瀧さんがコカイン使用の疑いで逮捕された。製作会社は4月、芸文振側から内定していた助成金1千万円の辞退か出演場面の編集を求められ、いずれも拒否。執行猶予付きの有罪判決が確定した7月になり「公益性の観点から適当ではない」と不交付決定の通知が届いた。
その後、芸文振は「公益性の観点から不適当な場合」に助成金交付の内定や決定を取り消せるよう交付要綱を改定。募集案内で出演者や製作スタッフの「重大な違法行為」を例に挙げている。
芸文振の助成金などを巡り、混乱が起きたこともある。助成を受け、靖国神社を題材にした中国人監督の映画「靖国 YASUKUNI」が08年に公開されたが、自民党保守派の要請で一般上映前に異例の国会議員向け試写会が開かれ、「反日的」と助成を疑問視する声が噴出。映画界は「事前検閲」と反発して騒ぎになり、各地の映画館で上映中止が相次いだ。
愛知県で19年に開催された国際芸術祭では、元慰安婦を象徴する少女像などの展示に抗議が殺到し、河村たかし名古屋市長が「反日」を理由に市の負担金支出を拒否。文化庁は補助金7800万円の全額不交付を決めたが、各方面から批判され、後に減額交付した。
こうした経緯もあり、芸文振は「宮本から君へ」を巡る対応を急いだようにも見える。しかし映画や展示は見る人により評価が異なる。感動する人もいれば、不快に思う人もいるが、大きな声に押されて助成を取り消せば作者が資金的に行き詰まり、作品を世に出す機会を失うこともある。
不祥事を大目に見るということではない。支援に当たり芸術性をきちんと評価し、作者が政治や世間に忖度(そんたく)することなく創作に取り組めるよう環境を整えていくことが求められている。