「インド太平洋経済枠組み」の首脳会合で記念写真に納まる岸田首相(前列左端)ら=16日、米サンフランシスコ(代表撮影・共同)
「インド太平洋経済枠組み」の首脳会合で記念写真に納まる岸田首相(前列左端)ら=16日、米サンフランシスコ(代表撮影・共同)

 アジア太平洋地域に新たな経済圏を生み出す「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉が2分野で新たに合意した。中国の影響力拡大を阻み、日米など民主主義陣営が優位を確保するための構想が一歩前進した。

 中国、ロシアと民主主義陣営との間で揺れる発展途上国は域内に少なくない。分断された世界が生む新たな経済圏構想は、貿易自由化を目的とするかつての地域協定とは異なる意味を持つ。貿易・投資と経済安全保障をテーマとするIPEFは、インドをはじめとする「グローバルサウス」との関係を深める舞台でもある。地域の安全保障を補完するには、息長く交渉を重ね、貿易や経済協力の果実を生まねばならない。

 IPEFの交渉は2022年9月に始まって、今年5月には「サプライチェーン(供給網)の強化」に実質合意。11月16日に米サンフランシスコで開いた参加14カ国の首脳会合で脱炭素を目指す「クリーン経済」と、租税回避や汚職を防止する「公正な経済」の2分野で妥結した。

 脱炭素に必要な資源確保や二酸化炭素(CO2)の再利用、温暖化対策の開発投資で協力することになり、日本、米国、オーストラリアなど先進国と、インド、東南アジア諸国が歩み寄った。1年余りの交渉にしては広がりがある合意ができたと言える。環太平洋連携協定(TPP)に加わらない米国が、アジア太平洋地域に新たな足掛かりをつくろうと、交渉を急いだ結果である。

 ただ、肝心の「貿易」で対立が残ったのはいただけない。難航が確実な関税引き下げを交渉対象としなかったにもかかわらず、妥結できなかった。

 米国では製造業の労働者層を中心に、関税引き下げを拒む意見がある。保護主義の色彩が強いインドを取り込む必要もあり、当初から関税は交渉から外した。

 その半面、米国、インドという大国を輸出市場として考える東南アジア諸国などにとっては魅力に乏しい交渉になってしまった。参加国が実利を追うのは当然だ。各国の民間部門の意見を積極的に吸い上げ、成果につなげる必要がある。

 次世代産業の鍵になるデジタル貿易も争点として残った。国境を超えたデータ流通のルールは、各国・地域が火花を散らしている。デジタルで先行する米国は自由なデータ流通を志向するが、インドはデータの越境移転に慎重だ。海外流出を厳しく規制する国もある。

 世界貿易機関(WTO)や経済協力開発機構(OECD)でもルールを検討しており、IPEFだけが先行するのは難しいのが実情ではないか。

 域内各国の貿易・投資を中国から切り離したり、中国を限られた国との取引に封じ込めたりするのは難しい。だが、習近平政権による「経済的威圧」を放置するわけにもいかない。中国に過度に依存してきた重要物資の調達や供給網は見直すのはやむを得ないことだ。

 分断の現実に対応して模索されている経済圏だが、米国が強引に主導すれば遠心力が働く。日本が域内の協調に果たす役割は決して小さくない。

 米中が対立するアジア太平洋経済協力会議(APEC)は合意形成の機能を失いつつある。IPEFを利益が実感できる経済圏に育てることができれば、域内協力の新たな基盤になるだろう。