6434人が亡くなった阪神大震災から17日で29年。震災を契機に創設されたのが、災害派遣医療チーム(DMAT)だ。立ち上げに関わった鳥取大医学部付属病院救命救急センターの本間正人センター長(61)は、能登半島地震の被災地で医療体制が脆弱(ぜいじゃく)な地域での活動に課題を痛感し、山陰地方の備えの必要性を指摘する。
本間医師は、1988年に鳥取大医学部を卒業し、日本医科大の救急医学科に入局。95年の阪神大震災当時は同大多摩永山病院で勤務し、被災地へ向かう同僚たちの後方支援にあたった。
当時はボランティアの位置付けで、明確な派遣制度がなかった。急性期に対応する組織的な立ち上げが遅れ、がれきなどで長時間圧迫され壊死(えし)した部位の毒素が...