勝利宣言するトランプ前米大統領=15日、米中西部アイオワ州デモイン(ゲッティ=共同)
勝利宣言するトランプ前米大統領=15日、米中西部アイオワ州デモイン(ゲッティ=共同)

 米大統領選の幕開けとなる野党共和党候補指名争いの初戦、中西部アイオワ州党員集会は、返り咲きを狙うトランプ前大統領が圧勝した。

 驚くべきはトランプ氏の底力だ。2021年1月に起きた連邦議会襲撃の扇動など4事件で起訴された被告人でありながら、2位の南部フロリダ州のデサンティス知事やヘイリー元国連大使らを約30ポイント突き放した。

 候補者選びのヤマ場である3月のスーパーチューズデーまでは曲折も予想される。だが初戦直前には8年前に指名を争った有力上院議員が、トランプ氏支持を表明するなど、党内では〝勝ち馬〟に乗る流れが形成され始めている。

 与党民主党はバイデン大統領が再選出馬を表明しており、トランプ氏が勢いを保てば11月に前回20年選挙の構図が再現する公算が大きい。世界経済のけん引役であり、ウクライナやパレスチナ情勢で最も影響力を持つのは依然米国だ。指導者選びで米有権者がどのような判断を下すのかを世界が注視している。

 国内的にも不法移民対策や人工妊娠中絶の是非、経済格差など課題が山積している。それ故共和党の指名を争うには、他の候補と議論し有権者の審判を仰ぐべきだったのに、トランプ氏が取った行動は逆であった。

 討論会を回避し、集会やテレビ出演に加え、自身の裁判審理に乗り込み「民主党の選挙妨害だ」などと陰謀論を展開する劇場型キャンペーンに専心した。一貫して掲げるように米国の力を回復することを目標とするのであれば、討論会など伝統にのっとった選挙戦に立ち返ってもいいはずだ。

 以前からトランプ氏の資質には強い疑問符が投げかけられてきた。4事件のうち3件は(1)議会襲撃(2)南部ジョージア州での大統領選結果への介入(3)国家機密の漏えい―で、いずれも民主制度と国家の根幹に関わる重罪だ。

 確かにトランプ氏には保守派に寄り添った4年間の政権運営の実績もある。しかし、刑事被告人が指名争いでトップを独走するのは異様な政治風景で、その主要因の一つは「否定的党派性」だ。対抗する政党や社会集団に対する拒否感が極端に強まり党派的分断を深める現象で、近年目立つ米社会の病理と言ってもよいだろう。

 トランプ氏が演説で政策議論を軽んじ、民主党への憎悪と復(ふく)讐(しゅう)心を駆り立てるほどに熱狂する岩盤支持層は、その典型だ。民主党の側にもこうした不健全な考えを持つ有権者は少なくない。

 トランプ氏の刑事責任に関する米NBCテレビなどの事前調査では、アイオワの党員集会に参加予定の共和党有権者のうち約61%が、有罪判決を受けても「支持に影響しない」と回答。逆に「より支持を強める」との回答が19%を占めた。トランプ氏の陰謀論がいかに深く浸透しているかを裏付ける数字だ。

 国際政治上の危機分析を専門とする米調査会社ユーラシア・グループの報告書は「米国は機能不全に陥った先進民主主義国だ」と指摘。バイデン氏は自身の選挙キャンペーン立ち上げで「民主主義と自由を懸けた投票になる」と述べた。

 候補者選びと同時に問われているのは、米国民主主義の真価だ。世界で法の支配が揺らいでいる今だからこそ、米国の有権者には嫌悪の政治と分断の克服を期待する。