36人が死亡した2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件で殺人罪などに問われた青葉真司被告の裁判員裁判で京都地裁は、求刑通り死刑判決を言い渡した。青葉被告の刑事責任能力が最大の争点となり、検察側は「完全責任能力」を主張。弁護側は妄想の影響により責任能力が著しく減退していたとし、死刑回避を求めていた。
公判で被告は、公安警察に指示を出せる「闇の人物」「ナンバー2」の意向で京アニの小説コンクールに落選し、アイデアを盗用されたと何度も訴え、事件は「付け狙うのをやめてくれ」という、この人物へのメッセージだったと話した。妄想が絡み、京アニへの恨みを限りなく募らせた。
責任能力を巡り検察側と弁護側から見解の異なる鑑定書が提出され、裁判員は難しい判断を迫られた。判決は「心神喪失や心神耗弱の状態ではなかった」と判断。「妄想性障害だった」としながらも、影響はほとんど認められないと述べ「結果の重大性や残虐性からすれば、死刑を回避し得るほどの事情とは到底言えない」と結論付けた。
しかし、全てを被告の責任に帰し、終わらせてはならないだろう。自らを肯定できず社会で孤立し、追い詰められ重大事件を起こすケースは絶えず、多くの人が巻き込まれている。孤立にどう向き合い、手を差し伸べるか議論を深め、できる限り悲劇の芽を摘みたい。
青葉被告は9歳の頃に両親が離婚。父親に引き取られ、日常的に虐待を受けた。定時制高校に通いながら埼玉県庁に非常勤職員として勤務。卒業後はコンビニなどで非正規の職を転々とし、08年のリーマン・ショックで仕事と住居を失った。
京アニ作品に触発され、09年に小説を書き始めたが、12年にコンビニ強盗事件を起こし、服役。16年の出所時に精神障害と診断された。その年、長編小説で「京アニ大賞」に応募、落選した。
「アイデアをぱくられた」と思い込み、京アニへの恨みから「多くの人を殺そう」と犯行を計画した。青森県で01年に5人が焼死した武富士放火殺人事件でガソリンがまかれ、自身もガソリンを使ったと説明。08年に7人が命を落とした秋葉原無差別殺傷事件の元死刑囚について「職を転々とするなど、人ごとと思えなかった」と述べた。
21年に大阪・北新地で25人が犠牲になったクリニック放火殺人事件では、死亡した容疑者の自宅から京アニ事件の新聞記事が見つかっている。同じ年に「死刑になりたい」と京王線乗客刺傷事件を起こした男も、以前に小田急線の電車内であった刺傷事件をまねた。
いずれも孤立を深める中で自らの不遇を他人のせいにし、過去の凄惨(せいさん)な事件に背中を押される形で犯行に及んだように見える。こうした連鎖を断たなくてはならない。出所時に精神障害があった青葉被告は行政の支援対象となった。まず支援を検証し、十分か、まだ何かできることはないか考える必要がある。
被告は自らも大やけどを負って、懸命の治療で一命を取り留めた。リハビリに向け元主治医から励まされ「優しくしてくれる人もいるんだ」と涙した。公判では遺族に謝罪し、後悔の言葉も述べた。ようやく、孤立から解放されたのかもしれない。生きづらさに寄り添う行政や地域の取り組みに一層力を注ぐべきだ。