今年も国民宿舎さんべ荘(大田市三瓶町)に王将戦(第73期)がやってきた。藤井聡太王将(21)=現在、全八冠=に、羽生善治九段(53)が挑んだ前期の第5局から1年近くになる。双方が死力を尽くし形勢が二転三転する激闘の末、藤井王将が競り勝った。
あのとき、先手の藤井王将が2時間長考してから放った41手目の▲4五桂は衝撃的だった。羽生玉の玉頭をにらんだ強手に目が覚めた。あの一手で平成の羽生九段と令和の藤井王将との「新旧王者対決」、時の移ろいという情緒が吹き飛んだ。応戦する羽生九段の懸命のしのぎと反撃。現役ばりばりの棋士同士の戦いなのだという現実に引き戻された。
前回はあの桂馬の仕掛けがきっかけだった。そして今シリーズ、ここまでのところ、鍵になっている駒は歩だ。正確には歩が敵陣に入って駒をひっくり返してできる「と金」。居飛車で戦う絶対王者の藤井王将と、現代振り飛車の第一人者・菅井竜也八段(31)の棋風が、そのようにさせている。第1、第2局に勝った時の藤井王将は、と金をこしらえて相手の主力に食いつき、優勢を確立していった。
現局面は14手まで進行した。途中、先手で向かい飛車に振った菅井八段は▲4八玉と指し、藤井王将も居飛車で△5四歩と指した。このまま行くと、がちがちの囲い合いが予想される。そうなるとがぜん、と金の役割が増す。金、銀で固める相手陣の切り崩しに、と金をぶつけたい。取られても歩に過ぎない。第1局と同じ相穴熊になるかどうか。
(板垣敏郎)