藩主の嗜好(しこう)、藩の気風が息づく城下町が全国にある。名所・旧跡を訪ねるのとは違う趣や歴史が醸す奥行きを感じる。
松山市は藩主が好んだ俳句が浸透。正岡子規の輩出を経て、今も盛んだ。剣道の熊本勢の強さの背景には、熊本城を築城した武将・加藤清正や、剣豪・宮本武蔵を招いた熊本藩の影響を嗅ぎ取る。時代が下っても人々が自分らしさ、地域らしさを江戸期の藩主や藩に求めた「敬愛」が根源にある。
それほど昔でなく、藩主のような雲の上の存在に対してでなくても、敬愛の力で戦う棋士がいる。岡山市出身の将棋の菅井竜也八段(31)。先日開幕した王将戦7番勝負で藤井聡太王将(21)=全八冠=に挑戦中だ。昭和期に長きにわたり頂点に君臨した大山康晴15世名人(1923~92年)を顕彰するため、出身地の岡山県倉敷市に造られた大山名人記念館で腕を磨いた。今も記念館で子どもたちを教える。
現代将棋では勝ちにくいと、〝絶滅危惧種〟と揶揄(やゆ)される振り飛車党で、それも15世名人と同じ。第1局は敗れたが、手堅い大山流の受けが随所に表れ、巨星の棋風が透けて見えた。
かつて松江市民も敬愛の力を発揮した。大名茶人として知られる松江藩主・松平不昧(ふまい)や松江ゆかりの文豪・小泉八雲の没後、顕彰活動に膨大な熱を注いだ。おかげで文化都市になった。同様な活動が今できるだろうか。町の深みを与えてくれた先人に感謝したい。(板)