明治の松江を舞台にNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の放送が始まり3週間。現在は1886年の設定で、重厚な映像と相まって「大河ドラマみたい」という声をよく聞く。
89年の大日本帝国憲法発布、90年の第1回衆院選と日本が近代国家へ猛進していた時代。大河は最前線で光が当たる人々を、朝ドラのばけばけはヒロイン家族の松野家のように光が当たらない人々を描く。文豪・小泉八雲がモデルとなるヘブンの登場を待ちわびながら、島根県ゆかりのもう一人の文豪と名作が頭をよぎった。津和野町出身の森鴎外(1862~1922年)の『舞姫』。時代設定がばけばけと同じだ。
武家に生まれた主人公・太田豊太郎は官費でドイツ留学した逸材。国の期待を背負うとはいえ、大河と朝ドラのどちら向きかは判然としない。極貧の踊り子・エリスとの恋が原因で免官され、その後の母の死は、豊太郎をいさめるための自殺と想像できる。
前時代的な母、国への貢献を迫る友人、遠ざけられたエリスとの小さな幸福…。底辺にいても旧士族の気位が高い松野家と同様、家の名誉が重くのしかかる。豊太郎がエリスを捨てて帰国する結末は悲しい。
『舞姫』は鴎外自身のドイツ留学の経験が反映されている。エリスのモデルとされる女性は実際に鴎外を追って来日したという。その後どんな人生を歩んだのか。こちらもドラマのヒロインにぴったりだ。(板)