岩田健太郎・神戸大教授
岩田健太郎・神戸大教授
国際医療福祉大の和田耕治教授
国際医療福祉大の和田耕治教授
岩田健太郎・神戸大教授
国際医療福祉大の和田耕治教授

岩田健太郎 神戸大教授

お祭りムード 感染拡大も 

 新型コロナウイルスの流行が続く中、東京五輪が観客を入れて開催されることになった。今の状況では無観客が基本で、上限を決めても観客を入れることは考えられない。この国は理性や知性ではなく「雰囲気」がものを決める。雰囲気をひっくり返すような事件が起きない限り、このまま大会は開催されるのだろう。

 いや「ノリ」や「雰囲気」で意思決定してしまうのは日本だけではない。

 欧州では4年に1度のサッカーの国際大会が開催されている。イングランド代表がホームのロンドンで試合する様子を見て驚いた。満員ではないが観客が入っているし、マスクはしていないし、人と人の距離も無視して上半身裸で抱き合い、自国の勝利を喜んでいた。

 英国は大規模なロックダウン(都市封鎖)と巨大かつ迅速なワクチン接種の恩恵を受けて感染者を激減させた。しかしインドで最初に確認された変異ウイルス「デルタ株」のために再び患者が増えている。

 デルタ株は2回のワクチン接種で防御できるが、1回だけだと防御効果は不十分。世界でトップレベルのワクチン普及に成功した英国でも、2回目の接種を受けていない人が多いのだ。

 デルタ株はすでに日本でも見つかっている。日本はこれまで変異株の抑え込みにことごとく失敗しているが、今回も抜本的な対策が取られることがなく、英国由来の「アルファ株」同様に日本中に広がる公算が大きい。

 他方、日本で驚くほど良くなっている領域もある。予防接種だ。

 かねて日本は予防接種「途上国」と揶(や)揄(ゆ)され、他国とのワクチン接種レベルの違い、ワクチンギャップを批判されてきた。

 しかし菅義偉首相と河野太郎行政改革担当相のリーダーシップが強く発揮され、史上例がないほどスピーディーな方針転換を繰り返し、効率的・効果的な接種の普及作戦が奏功している。これまでの体たらくを考えると、見事としか言いようのない素早さ、臨機応変さに敬服している。

 デルタ株はワクチン1回では不十分で、第4波の悲惨さをもたらしたアルファ株より感染拡大のスピードが速い。日本はデルタ株とワクチン接種の「競争」に入っている。どちらが勝利を収めるかは予想し難い。

 だから今は日本はワクチン接種に全力を注ぐべきフェーズで、五輪などにうつつを抜かしている場合ではない。が、「もう決めたこと」なのでそこは動かない。

 そもそもワクチン接種の臨機応変さも五輪をやりたいがための柔軟性で、五輪がなければいつものように硬直的で融通の利かない「塩対応」だったに違いない。感染対策のビジョンを持たない日本に、五輪という目標が小さな「疑似ビジョン」をもたらしたのだ。

 アスリートの感染対策は厳格で、彼らがコロナのために悲惨なことになる可能性は低い。が、五輪のお祭りムードで市民に感染拡大が起きる可能性は低くない。それでも政府は「五輪が感染拡大を起こした証拠はない」とうそぶくであろう。

 もっと怖いシナリオは幸運にも感染拡大が起きず、つつがなく五輪・パラリンピックが遂行された場合である。その時「やはり日本は正しかった」という多幸感に満たされ、日本はまた旧態依然としたいつもの感染対策に退化する。短期的にはラッキーな話だが、長期的には不幸なシナリオだ。

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 いわた・けんたろう 1971年松江市生まれ。島根医大(現島根大)卒。2008年から現職。専門は臨床感染症学。

 

 

 

和田 耕治 国際医療福祉大教授

必要なら緊急事態要請を

 

 東京五輪の観客数は上限1万人と決まった。新型コロナウイルスの感染抑制の面では、無観客という選択肢はこれからでも必要となるかもしれない。観客を入れるとなると、全国から多くの人が東京などの会場に集まり、また警備やボランティアの人も増え感染拡大につながるからだ。

 東京などの緊急事態宣言が解除され、人流が増える。これに、7月22日からの4連休、夏休み、そして五輪の開催が加わる。その後にはお盆もある。五輪という高揚感もあって繁華街への人出は増加するだろう。結果として、感染者の増加は必至というのが、これまで経験した通りだ。大いに懸念される。

 東京などの開催地は大きな試練に見舞われる。感染を抑え込むには、まん延防止等重点措置を使った対策が鍵となる。十分な補償とセットで飲食店の営業時間や飲酒を制限したり、変異株の動向をモニターしたりするなどの対策が必要だ。

 北海道や沖縄では、夏に感染が広がらないよう、航空機に乗る前に事前検査を求めてはどうか。特に北海道はマラソンなどの競技もある。開催に向けた徹底的な対策として、訪問者数の制限などもあり得る。

 市民が共感してコロナ対策のため行動を変容するようなメッセージを出すよう努めてほしい。知事ら首長のリーダーシップが不可欠である。

 高齢者以外のワクチンの接種がまだ不十分なこともあり、感染者数が増える可能性は高い。知事は、五輪の開催中であっても、住民の命を守るために必要と判断すれば、緊急事態宣言の発令、まん延防止措置の適用をちゅうちょなく政府に要請すべきである。

 要請があれば、政府は速やかに対応を判断すべきだ。大会組織委員会も、感染状況に応じて会場に入れる観客数を減らしたり、ゼロにしたりするなど柔軟に対応すべきである。政府、組織委には、最悪の事態も想定した準備を求めたい。

 五輪の開催が国内のコロナ対策の実施を遅らせたり、国民の命を危険にさらしたりすることは決して許されるものではない。政治家は特に肝に銘じてほしい。

 観戦時の感染対策にも十分配慮してほしい。パブリックビューイング(PV)会場や、スポーツバーなど、どこかに集まって大勢で応援するようなことがあると、それがきっかけで感染が広がる可能性は高い。

 多くの自治体がPVを中止したことは歓迎したい。観戦は基本、家族などの単位で、テレビを見ながら自宅でしてほしい。友人同士で応援するなら、飲食をせずマスクをして小声でするのがいい。会員制交流サイト(SNS)などを使って地域や世界とつながりながら応援することもできるだろう。こういった感染を広げない新しい観戦スタイルをぜひ海外にも発信したい。

 世界の多くの国から見れば、日本は国民全員分のワクチンを確保した、経済的にも恵まれている国である。その国でも、感染に注意しながら観戦する姿を示すことで、ワクチンの接種が進んでいない国の模範になれるのではないか。

 五輪開催に伴って、海外から多くのメディアが来る。もし、患者数の急増で病床が逼迫(ひっぱく)したり、4度目の緊急事態宣言が発令されたりすれば、コロナ対策ができない国というマイナスのメッセージを世界に送ることになる。万全を期してほしい。

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 わだ・こうじ 1975年北九州市生まれ。産業医科大医学部卒。産業医、北里大准教授などを経て2018年から現職。専門は公衆衛生学。