300人超の死傷者を出したモスクワ郊外のコンサートホールで起きた卑劣で残虐な銃乱射テロは、いかなる理由であれ決して許されない。ロシア国民とともに惨事を悼みたい。ただロシアの人々は、自国の攻撃で失われているウクライナの尊い人命にも思いをはせ、プーチン政権に攻撃停止を求めてほしい。テロも戦争も許されない。
今回のテロは過激派組織「イスラム国」(IS)の犯行との見方が強まっているが、プーチン政権は責任をウクライナに転嫁する姿勢を鮮明にしている。テロの悲劇をウクライナ攻撃や、ロシア国内の民主・反戦勢力への弾圧の強化に利用してはならない。
ロシアでテロ防止の責任を負っているのは、プーチン大統領に直属する特務機関の連邦保安局(FSB)だ。専門家の多くは、FSBがウクライナに対する破壊工作と、ロシア国内の民主派弾圧に主力を割き、「最重要のテロ防止に手が回らなかった」と指摘する。
大統領選で「圧勝」したと主張するプーチン氏は「安全保障の確保」を最重要視すると強調したが、自らの体制維持に固執するばかりで、国民の安全確保がおろそかになっていたのではないか。
テロについて米情報当局は、IS系勢力でアフガニスタンに拠点を置く「ISホラサン州」の犯行と見ており、3月初旬にロシア側にテロ情報を伝えていたとされる。しかしプーチン氏は、米国の警告はロシア社会の不安定化を狙う「露骨な脅しだ」と批判。直後にテロが起きた。
シリアのアサド政権に肩入れし、同国内のISを攻撃したロシアに対するIS系組織の怒りは根深いとされ、米国の情報は信頼すべきものだった。テロ情報の共有は、米ロの核兵器を巡る戦略的安定対話とともに、両国間に残された数少ない重要なチャンネルだ。米ロ両国は双方の情報機関の能力をフル活用して、今後のテロ防止に向けて協力すべきだ。
ロシア側の対応には懸念を抱かざるを得ない。プーチン氏は声明でISには一切言及せず、テロ実行犯には、ウクライナ側に国境を越える窓口が用意されていたと述べ、ウクライナの関与を示唆した。
ロシア外務省は、米国などが「ISホラサン州」を強調するのは「ウクライナの関与から目をそらすためだ」と主張。プーチン体制のプロパガンダ(政治宣伝)を先導するテレビ司会者らもこぞって「ウクライナ関与説」を強調、情報閉鎖国ロシアでゆがんだ見方がつくられている。
ロシア各地ではテロ犠牲者を悼む当局主導の式典が開かれ、報復を誓う声も聞こえた。政権周辺の国会議員らからは、ウクライナ攻撃を強化するための兵員の追加動員や、ソ連崩壊後に凍結されている死刑制度の復活を求める意見が浮上している。
モスクワ郊外での大規模テロを受け米国は、ウクライナの関与は否定しつつも、ロシア国民に「連帯」の姿勢を打ち出し、ISは「共通の敵だ」と訴えている。
イスラム過激派のテロに長年苦しんできたロシアと、2001年の米中枢同時テロ以降、テロに手を焼いている米国が、今回のテロ事件を機に意思疎通の緊密化への道を見いだせるか。米ロ外交当局はこの機会を逃してはいけない。