フルート(イラスト・KAHO)
フルート(イラスト・KAHO)

 演奏家にとって緊張とは何だろうか。経験で克服する人、曲によって度合いが違う人と、いろいろいる。過度の緊張は時に悲劇を招き、誰にも助けてもらえない非情さがある。とりわけ、聴衆が固唾(かたず)をのんで見守る独奏(ソロ)が当たった奏者ともなると、抱える不安は相当なものだろう。

 ソロといってもフレーズの長短、難易度はさまざまで、魅力は何といってもその楽器特有の音と音楽。コンクールでは武器となり、素晴らしい演奏は高評価につながりやすい。私はソロが印象的な曲を選ぶ方だ。

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 「ボレロ」というラベル作曲の名曲がある。スネアドラムが刻むひたすら同じリズムに合わせフルート、クラリネット、ファゴットと順番にソロを展開し、トロンボーンソロが始まるころには開始から10分ぐらいが経過している。

 聴衆が「すごいなあ」「楽しそうだなあ」と堪能している間、奏者は緊張に耐え、地獄の苦しみを味わっている。特にボレロのトロンボーン。待たされて冷えて吹きにくくなった管で、いきなり超高音域でのソロが始まる。練習に練習を重ねたプロも時に失敗し、一瞬にして客席に緊張が走るわけである。

 ボレロに限らずソロの失敗による連鎖反応で、その後の全体の演奏レベルががくっと落ちることもある。逆にソロの成功は全体を勇気づけ、演奏後には拍手喝采が待っている。ハイリスク・ハイリターンである。

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 ソロが当たった奏者はひたすら練習する。中にはマッチ棒10本を用意し、成功すれば1本ずつ消し、失敗したら10本からやり直す者もいる。だが管楽器はデリケートで、練習量が成功を保証するものではない。身もふたもなく聞こえるかもしれない。

 しかしスポーツを見ればよくあることである。試合も生演奏も、生きものであることに変わりはない。

 野球で1点を追う九回裏、二死満塁で打席が回ってきたとする。打者の心臓はばくばくしているだろう。逆転サヨナラの長打を放てばヒーローに、反対にふがいなく見逃し三振でもすれば、プロなら大ブーイングだ。奏者も打者も心理は同じだ。成功するかどうかなんて分からなくても、こんなしびれる場面のために練習してきたのだ。

 大事な場面だからこそ、積極的に吹いてほしい。積極的とは「私はこのフレーズをこう吹く」という強い意思・主張である。その上でのミスなら意外に気にならない。反対に音符をなぞっているだけ、間違えまいとしているだけの消極的な演奏では何も伝わらず、本当に間違えれば目立つ。

 音楽は音符を介した自己表現。楽器に意思を込めるには豊かな練習量が欠かせない。野球の四番やエースのような重要ポストを任されていることを意気に感じ、取り組んでほしい。

 (浜田市地域おこし協力隊員、元精華女子高校吹奏楽部顧問)

 =隔週土曜掲載=