三浦龍司(右から2人目)は東京五輪でも代名詞と言える終盤のスパートを武器に世界と渡り合う
=ヤンマースタジアム長居
三浦龍司(右から2人目)は東京五輪でも代名詞と言える終盤のスパートを武器に世界と渡り合う =ヤンマースタジアム長居

 小学生の時に知った「3000メートル障害」。少年は数ある陸上種目の中でも決してメジャーとは言えない種目の魅力にはまっていった。大学生になった青年は、東京五輪の延期決定後に好タイムを連発し、日本のトップ選手に成長した。山陰のアスリートたちの軌跡を追う企画「Road to TOKYO2020」。第4弾は陸上男子3000メートル障害の三浦龍司(19)=順大、浜田東中ー洛南高=を3回にわたって紹介する。 「8分15秒99」。

 

 6月26日、陸上日本選手権男子3000メートル障害決勝。三浦は日本記録が表示された電光掲示板の後ろで報道陣の求めに応じ、誇らしそうにポーズを取り続けた。

 陸上界で「サンショー」と呼ばれる種目に興味を持ったのは小学5年生の時。のちに日本を代表する選手になろうとは、その時は本人はもちろん周囲も想像すらしなかった。

 「どんなスポーツをするにも走ることは基本。やって損はない」。父親の勧めに従って小学1年生で、浜田ジュニア陸上教室(JAS)に入った。剣道と水泳もしていたが、なぜか走ることが楽しくて仕方なく「いつの間にかやめられなくなった」。

 浜田JASは、子どもの適性を見極めるため、入会後はさまざまな種目を練習させる。投てきに始まり、走り高跳び、走り幅跳び、ハードル、長距離と一通り経験させ、中学年からは自分の好きな種目の練習時間を増やせるシステムだ。同教室室長の上ケ迫定夫(67)は「一つの種目に特化すると、体づくりが十分にできず、記録も伸びにくい」と狙いを説明する。

 三浦も最初は、他の子どもと同じように短距離を走っていたが、決して得意ではなかった。4年生ごろから自らの意思で長距離練習に力を入れ始めると、5年生の時に1000メートルで県歴代1位の3分8秒21をマークするなど、素質を見せ始めた。ただ、上ケ迫は選手としての可能性を広げるため、「1000メートルが速いだけでは駄目だ」と長距離一本に絞らせることはさせなかった。

 体づくりのためにハードル種目にも取り組ませてみると、6年生時には80メートル障害で県2位になった。ハードリングの技術の高さで足の遅さをカバーした結果だった。

 トラック外でも才能の片りんを見せた。5年生の時にあった体操大会では、二重跳びを6分以上ミスなく跳び続け、優勝した。縄跳びは接地時間が短く足への負担が大きいが、足腰の強さや体力は5年生離れしていた。

 上ケ迫は、こうした三浦に最も適しているのが長距離を走りきる体力とハードリング技術が求められる3000メートル障害と考え、遠征先の陸上競技場で水濠(すいごう)を見つけると、意識的に見せるようにした。三浦の中でも次第に「サンショー」への思いが高まっていった。 (敬称略)

 

 みうら・りゅうじ 浜田市出身。浜田東中を経て、洛南高(京都)に進学。順大1年時の2020年7月に3000メートル障害で日本歴代2位(当時)の8分19秒37をマーク。21年5月の東京五輪テスト大会で8分17秒46の日本新記録を樹立。6月の日本選手権で自ら記録を塗り替えた。167センチ、56キロ。