威勢が良かった「石破節」はどこかへ行ってしまったのか。
石破茂首相が就任後初めての所信表明演説に臨んだ。自民党総裁選の公約をベースにした内容で、防災・減災・国土強靱化(きょうじんか)の取り組みを推進するため「専任の大臣を置く防災庁の設置に向けた準備を進める」と持論を挙げ、強い決意を示した。
一方で、総裁選中に提唱した日米地位協定改定や「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想などは封印。前向きだった選択的夫婦別姓や富裕層への課税強化などにも触れず、「石破カラー」は薄れた印象だ。
山陰で暮らすわれわれにとって注目されるのが、地方創生の取り組みだ。
石破首相は「地域が自主性と責任を持って、おのおのの知恵と情熱を生かし、小さな村も大きな町もこぞって地域づくりを自ら考え、自ら実践していく」という故竹下登元首相の言葉を引用。「地方こそ成長の主役」と位置付け、広く知恵を出し合い、地域の可能性を最大限に引き出すため「地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増することを目指す」と意気込んだ。
また人口減少対策で「新しい地方経済・生活環境創生本部」を創設し、今後10年間で集中的に取り組む基本構想を策定することも表明した。
素直に歓迎したいところではあるが、「言うは易(やす)し、行うは難し」。衆院解散・総選挙の日程決定の経過を見る限り、果たして本当に実現できるのか、と疑念を抱いてしまう。
石破氏は総裁選の討論会で次期衆院選の時期を巡り「本当のやりとり(ができるの)は予算委員会だと思っている」と言及。野党との論戦を通じ、国民に政権選択の審判材料を提示すると表明し、11月以降の投開票を選択肢にしていた。論客を自負しており、野党との政策論争は望むところだっただろう。
ところが、首相就任に当たり「10月9日解散、27日投開票の日程で行う」を表明。7、8日に衆参両院本会議での各党代表質問、9日に党首討論を行い、予算委は実施しないという。
代表質問は質問と答弁をまとめて行う「一方通行」で、通り一遍のやりとりに終始し、議論が深まらない。党首討論は「一問一答」形式で与党党首の首相も質問できるが、通常、時間の制約から議論は進展せず、閣僚が討論に参加することはない。
終日に及ぶこともある予算委であれば、幅広いテーマで突っ込んだ質疑ができる。その分、野党の追及を受ける首相はもちろん、閣僚の見解や資質がつまびらかにされる可能性がある。
石破氏が本来の意思に反して予算委を省くのは、「刷新感」や「ご祝儀相場」で支持率が高いうちに解散を求める与党内の声に押されたから。党内基盤が脆(ぜい)弱(じゃく)なだけに、周囲への配慮が色濃く出た格好だ。
党派閥の裏金事件でも当初は「(関係議員を次期衆院選で)公認するのにふさわしいか、徹底的に議論すべきだ」と勇ましかったが、「党選挙対策本部で判断する」とトーンダウンした。
石破氏は自民党内にあっても臆さずに政権批判を展開し、主張を貫く姿勢を見せてきたからこそ、国民の高い期待を集めたはず。都合次第で前言撤回するようでは「ルールを守る」という所信表明の言葉は軽くなる。