大阪市で「表現の不自由展かんさい」が閉幕した。開幕を前に慰安婦を象徴する「平和の少女像」などの展示内容に抗議が殺到したため、会場の大阪府立労働センターは安全を確保できないとして利用許可を取り消したが、不自由展の実行委員会は撤回を求め提訴。最高裁の決定を経て利用を認める司法判断が確定し、開催にこぎ着けた。

 18日までの3日間、大音量で抗議する街宣車が走り、開催反対派と賛成派がプラカードを掲げ大声で言い争うなど、センター周辺は騒然となった。施設を破壊するなどという脅迫文や不審物も届いたことから、警察が厳重に警備。入場者の手荷物検査も行われ、大きなトラブルはなかった。

 展示されたのは、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で抗議や脅迫が相次ぎ、一時中断された企画展「表現の不自由展・その後」の少女像など。今年6月に東京都内で、7月初めに名古屋市で再び展示が企画されたが、やはり騒ぎとなり、それぞれ延期、中止に追い込まれた。今回の開催は、そうした流れに一石を投じた形だ。

 脅しにより気に食わない表現活動をつぶそうという卑劣な行為が許されないのは言うまでもないが、その圧力に屈しては、民主主義社会に欠かすことのできない「表現の自由」を危うくしてしまう。多様性をどう支えるか。公共施設の役割も含め、議論を深めたい。

 大阪府立労働センターは6月中旬に不自由展の開催が公表され、抗議の電話やメールが相次いだほか街宣活動もあり、利用者らの安全を理由に下旬、許可を取り消す異例の対応を取った。実行委の訴えに大阪地裁は「表現の自由の一環として保障されるべきだ」と利用を認める決定をした。

 開催まで1週間の7月上旬だった。決定は「街宣活動は激化が想定されるが、警察の適切な警備で防止できないような具体的な危険があるとは言えない」とし「抗議活動は一定の限度で受忍するしかない」と述べた。

 その直前、名古屋市の施設で、郵便物に入っていた爆竹のようなものが破裂。開催中の不自由展が打ち切られ、センター側は大阪高裁、最高裁と争ったが、利用を認める判断は覆らなかった。

 地方自治法は、自治体が正当な理由なく、住民による公の施設利用を拒んではならないとし、差別的な取り扱いを禁じている。1995年最高裁判決は施設の利用拒否について「明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見される」という場合に限定されるとの判断を示し、例えば主催者に対する妨害が予想されるのを理由に拒むのは違憲の恐れがあるとした。

 表現の自由を後押しするために公共施設が果たすべき役割は大きい。自治体の姿勢も問われている。ただ、あいちトリエンナーレを巡っては、河村たかし名古屋市長が「日本人の心を踏みにじる」と少女像の展示中止を要求したり、文化庁が手続きの不備を理由に補助金の不交付を決めたりするなど、意に沿わない表現への政治の圧力もたびたび指摘されてきた。

 そもそも不自由展を開催するために、裁判を起こさざるを得ないという現実は深刻と言うほかない。民間の施設が会場になることもあるが、少なくとも公共施設は抗議にさらされたとき、まず開催のために何ができるかを考える必要がある。