菅義偉首相が打ち出した新型コロナウイルス感染症の重症者以外の入院を制限する新たな政府方針に4日、異論が拡大した。「第5波」の猛威が続く中、感染しても入院できないかもしれず命に直結する問題。重大な政策転換は唐突な上、政府内の議論の過程も見えない。入院できるかできないか明確な基準もない。容体の急変に対応できるか。不安が渦巻き、与党からも撤回論が出る。
「フェーズが変わってきているから、この対応が必要だ」。4日午前の衆院厚生労働委員会。田村憲久厚労相は入院制限する新方針に関し、こう繰り返した。
新方針で焦点となっているのは、重症に次いで重く、呼吸困難や肺炎などの症状のある中等症が自宅療養となる可能性があることだ。従来は、基本的に入院できた。重症化リスクの見極めが重要となる。その判断基準を野党が追及すると、田村氏は「今、東京都のモニタリング会議で検討している」と述べ、準備不足を露呈した。
公明党幹部は「事前に一切聞いていなかった」と憤った。自民党本部で開かれた新型コロナウイルス感染症対策本部などの合同会議でも批判が続出し、撤回を求める方針が決まった。執行部の予想を上回る反発だった。
昨年末からの冬の感染「第3波」や今年春の「第4波」では自宅療養中に容体が急変するケースが相次いだ。新方針で十分な対応を期待できるのか。立憲民主党若手は厚労委で「自宅療養ではなく自宅放置になる」と国民の不安を代弁した。
「早くやった方がいい」。先週末の首相官邸。厚労省幹部が重症者と重症化リスクの高い人以外を入院させず、自宅療養とする方針を伝達し、官邸幹部がゴーサインを出した。入院制限を巡る協議は、先週から、厚労省が東京都と水面下で本格化させていた。関係者によると、与党を含め反発が予想され、根回しは最小限にとどめた。
コロナを巡る首相の会見時に一緒に会見場に立つ政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長にも、事前相談はなかった。
潮目となるのは7月27日。デルタ株が猛威を振るい、東京都で新規感染者が「第3波」のピークを上回る2848人となった。国立感染症研究所によるとデルタ株は、英国由来のアルファ株と比べて感染力は1・5倍。従来株との比較では、約2倍になる計算だ。
予測通り、東京都ではその後、連日のように3千人を超え、4日は4166人と過去最多を更新した。今後について、尾身氏は厚労委で「1日1万人になる可能性もある。急に下がることはない」と語った。
首相は4日午後7時すぎ、入院制限方針に対し「撤回しない」と記者団に述べた。
「第5波」の中、自民党関係者からは「そもそも、政府は第4波までに病床問題で何をしていたのか」との素朴な疑問が漏れる。今の政権には、病床逼迫(ひっぱく)の回避策が入院制限の他にないのが実情だ。首相は「中等症患者全員を入院させないわけじゃない。マスコミが『入院させない』みたいに取り上げているが、方針転換ではない」と自身の立場への理解を自民党幹部に求めた。
政権と現場の乖離(かいり)は進みかねない。東京都内のクリニック院長は「重症化した場合、速やかに受け入れ先が見つからないと、打つ手がない」と訴える。日本医師会の幹部は最悪の事態を想定した。「中等症を自宅療養にしたら死亡者が激増する」
■現場は重篤化増を懸念
日医会長 日本医師会(日医)の中川俊男会長は4日、東京都内で記者会見し、政府が新型コロナウイルス患者を重症者以外は原則自宅療養とした方針を巡り、「重篤化するケースが増えるのではないかとの懸念が医療現場から多数寄せられている」と述べた。中等症の患者が入院できず、急変の兆しの発見が遅れることを心配する声が多いとした。
中川氏は今回の厚生労働省の説明が「舌足らずだった」と指摘。その上で「中等症2の患者と、医師が重症化リスクが高いと判断した中等症1の患者は入院対象とする通知を出してほしい」と要請した。
また、自宅療養への急激なシフトは患者や医療現場に大きな負担をもたらすとして、必要な患者が適時適切に入院できるよう政府に対応を求めた。「地域によっては、宿泊療養を拡大するほうが効率的だとする意見もある」として今後、厚労省に働き掛ける考えを示した。