映画『砂の器』の魅力を語った第1回講座の様子=松江市殿町、山陰中央新報社文化センター
映画『砂の器』の魅力を語った第1回講座の様子=松江市殿町、山陰中央新報社文化センター

 連続講座「『砂の器』と木次線 再発見!」(全6回)が山陰中央新報社文化センター(松江市殿町)で始まった。講師は島根県奥出雲町出身の元NHKプロデューサー、村田英治さん(59)。初回は「映画『砂の器』はなぜ名作といわれるのか」と題して、作品の魅力を多角的に語った。

 「キャーーーップ!!」。俳優の丹波哲郎さんにサインをもらおうと、恐る恐る色紙とペンを差し出した小学3年生の村田さんに、大スターの大声が響いた。

昨年10月、奥出雲町に全国から600人以上のファンが集まった「砂の器記念祭」を振り返る


 1974(昭和49)年8月、映画『砂の器』のロケが行われていた木次線の八川駅(奥出雲町八川)での出来事。駅近くの自宅からロケ現場を訪れた小学生を驚かせた大声は「ペンのキャップがついたままだぞ」と伝える丹波さん流のジョークだったが、鼻先にペンを突きつけられた村田少年の頭は真っ白に。ようやく気付いて、自分で外そうとするも新品のペンのキャップはきつく締まっていて外れない。周りの大人たちから笑いが漏れる中、見かねた丹波さんが手を差し出した。大スターと小学生でペンの両端を引っ張り合ってキャップを外し、やっと直筆サインをもらうことができたという。

映画の鍵となった「亀嵩パート」について解説
講師の村田英治さん(右奥)


 村田さんは、映画『砂の器』の強烈な思い出となった幼少期のロケ遭遇エピソードを講座冒頭で語り、会場を和ませた。作品のことはその後忘れていたが、古里を離れてNHKに入り、東京や全国各地で勤務をする中で、出身が「島根の山奥」だと話すと、『砂の器』の話で盛り上がることが多く、多くの人々に深い印象を刻んでいる作品のすごさを認識するようになったという。2022年にNHKを退職後、奥出雲や雲南で行われたロケのことなどを取材して23年12月に著書「『砂の器』と木次線」を出版した。

JR木次線の風景=島根県奥出雲町馬馳、出雲八代駅


 映画『砂の器』は松本清張の推理小説を原作に、野村芳太郎監督、橋本忍と山田洋次の脚本、丹波哲郎、加藤剛、緒形拳、加藤嘉、森田健作、島田陽子らの出演で1974年に公開され大ヒットした。「亀嵩」が重要な舞台となり、ロケが行われた奥出雲町で、公開から半世紀の節目を迎えた2024年に「砂の器記念祭」が開かれると、全国から600人を超えるファンが集まるなど、「泣ける映画」として今なお多くの映画ファンに愛されている。

 人々はなぜ映画『砂の器』に引き込まれるのか? 村田さんは ①「方法・トリック」よりも「動機・人間関係」に重点を置いた謎解き②「東北弁のカメダ」を使った斬新な着想③ベテラン刑事と若手刑事のバディもの④ハンセン病に対する差別・偏見を取り上げた社会性― の4点を魅力に挙げた。

 「卓越した構成・演出」にも着目し、前半と後半の構成の違いを説明した。刑事が捜査をしながら全国を旅する展開となる前半では各地の風景が映像になっており、「失われた昭和の日本の風景は歳月を経るほど価値を増している」。その前半は佐分利信、笠智衆、花沢徳衛、渥美清、菅井きん、春川ますみ、野村昭子ら味のある演技派が大勢出演し、さながら「脇役俳優のオールスター戦」になっていることも見どころの一つ。一方、後半は「捜査会議」「コンサート」「父子の旅」(回想シーン)が同時進行する展開となる。組曲「宿命」が流れる中、全国を旅する父子の姿がせりふなしで映し出されると「観客は感情移入しやすく、心を揺さぶられる」と解説した。

村田英治さんが出版した「『砂の器』と木次線」


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 連続講座「『砂の器』と木次線 再発見!」の今後の予定は次の通り。いずれも会場は松江教室(松江市殿町383、山陰中央ビル)で午前10時~11時半。

・第2回(4月19日)
 松本清張と「東北弁のカメダ」(原作の着想の源/清張と出雲/執筆の秘密)

・第3回(5月10日)
 
作り手たちの熱量(映画化まで14年/橋本忍の執念/野村芳太郎の周到な準備)

・第4回(5月24日)
 
木次線と地域~激動の歴史と70年代(地域が熱望した鉄道/モータリゼーション/取り残される路線)

・第5回(6月7日)
 
資料と証言で地域の記憶をつなぐ(ロケの様子/木次町がエキストラ協力?/緒形拳と出雲弁)

・第6回(6月21日)
 
沿線のロケ地をめぐる(木次線沿線9駅にあるロケ地・ゆかりの地とエピソードを紹介=座学)


 第2回目から5回分の受講料は1万1千円。文化センターを初めて利用する人は入会金(3,300円)が必要。申し込みは松江教室、電話0852(32)3456、フリーダイヤル(0120)079123。