「法は倫理の最低限度」といわれる。ほとんどの人は自発的に社会規範、行動規範を守っており、社会のルールをすべて強制的な法律で定める必要はないからだ。ただ、現実には法と倫理の間にグレーゾーンが存在し、倫理的には問題だが、違法とまではいえない腹立たしい蛮行が起きる。
亡くなった歌手八代亜紀さんのヌード写真付きCDの販売が物議を醸している。肖像権を管理する会社が中止を求める中、レコード会社が販売を強行した。八代さんの出身地の木村敬熊本県知事は「これを『リベンジポルノ』と呼ばずに何がリベンジポルノか」と憤る。
明らかに八代さんを冒涜(ぼうとく)する商行為だが、レコード会社の法的責任を問うのは難しいという。故人の名誉毀(き)損(そん)罪については、偽の事実を広めた場合にしか適用されないと刑法に定めてあるからだ。
ただ、今回の行為が法に触れないとすれば、ヌードという究極のプライバシー情報は死ねばどうなってもいいという不条理な話になる。死者の尊厳を守る法整備の議論は必要だろう。
倫理と法の違いは美意識の有無にある。法には美意識の概念はないが、倫理は自分の行動がどう美しく見えるのかが根底にある。「私は表現者ではなく代弁者」。八代さんは自らを厳しく律し、人に寄り添い、その声を届けた。ジャズにも精通し、画家としても評価された歌姫はことのほか倫理と美意識を重んじる人だった。(玉)