2024年元日、石川県輪島市の宮下左文さん(68)は「今日は暖かいからおせちは冷蔵庫に入れておいてね」と家族に声をかけて出かけた。能登半島の富山湾側の海沿いを走る「のと鉄道観光列車」の乗務員。おせちは帰宅後に食べる約束だった。
列車が七尾市の駅に停車した午後4時過ぎ、8の字を描くような強い揺れに襲われた。覚悟したが車体は倒れず、48人の乗客と津波に備えて高台へ避難。家族の無事を確認したのは午後10時、電話で「(輪島)朝市が燃えて空が真っ赤や。家は全壊した」と告げられた。何も考えられず空は星がきれいだったという。
あれから2年。宮下さんは観光列車を衣替えし、能登半島地震の教訓や体験を伝える語り部列車の乗務員としてマイクを握る。美しい風景と震災の爪痕、語りが相まって発災当時から現在へ時空を移動しているような感覚を覚える50分の乗車だ。
まだ仮設住宅に暮らす自身も踏まえ「前に進んだ人、足踏み状態の人、後退した人もいる」と被災地の複雑な思いも代弁する。それでも生かされた命、能登で語りを続けると誓う宮下さん。震災翌日、自宅横の倉庫で家族は、おせちに手を付けず待ってくれていたそうだ。
ふとした喜びが再起の糧になることを教えてくれた能登の人たち。心が正しければ何回でも再生できると言った男性もいた。今日は大みそか。出会えた人に感謝を込めて。よいお年を。(衣)













