廃墟と化したガザで撮影を続ける若きフォトジャーナリストと、彼女を見守るイラン人監督との1年間にわたるビデオ通話から生まれたドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』の上映が、5日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかで始まった(全国順次公開)。
【動画】ドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』予告編
2023年10月27日以来、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が続く中、イラン出身の映画監督セピデ・ファルシは「現地の声を今すぐ届けなければならない」と感じていた。しかし、封鎖されたガザに入ることは不可能だった。そんな中、知人を介してガザ北部に暮らす24歳のパレスチナ人フォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナと出会う。
以後、イランからフランスに亡命して祖国に戻れない監督と、監督の娘と同じ年齢でガザから出られないファトマとのビデオ通話が毎日のように続けられた。監督にとってファトマは“ガザを知る目”となり、ファトマにとって監督は“外の世界とつながる窓”となっていった。
ビデオ通話を中心とした映画制作について、監督は次のように語っている。
「ほぼ毎日続いた私たちのビデオ通話には、他の方法では決して捉えられない“生の真実”が詰まっていました。停電やネット障害、爆撃の合間を縫ってやり取りを続けました。時にはファトマが私に電話をかけるためだけに通信電波を探し、何キロも歩くこともありました。その努力には、自らが証人となり、ガザの現実を消し去らせまいとする強い意思が込められていました。『私はここにいる』と伝えるために。この映画は、答えを求める私の旅と、戦争に中断されながらも日常の断片を残したいという、私たち二人の願いから生まれたのです。不完全な映像かもしれませんが、そこには確かな生命力と人間性、そして伝えるべき証言が宿っています」。
空爆、飢餓、不安にさらされながら、ファトマは力強く生きる人々の姿や街のわずかな光を写真に記録し続けた。「ファトマは、自分の街や家族、日常を明快で優雅な言葉で語ってくれました。その言葉は、どんな演説よりも力強く響きました」とファルシ監督は振り返る。
「私はファトマがビデオ通話で共有してくれた、情熱的で生き生きとした全ての瞬間を撮影し続けました。彼女の笑い声、涙、希望、そして絶望を撮影しました。私は直感に従い撮影していました。これらの映像が私をどこへ導くのか知りませんでした。それが映画の美しさで、人生の美しさです」。
2人の交流が始まって約1年、ビデオ通話は映画になり、今年のカンヌ国際映画祭に出品されることが決まった。そのことをファトマに報告し、喜びあった日の翌日のことだった。2025年4月16日、ファトマの自宅がイスラエル軍の空爆を受け、彼女を含む家族7人の命が奪われた。ファトマは25歳になったばかりだった。
監督は「前日、私たちは会話をしていました。選考の結果を知った彼女は大喜びし、カンヌに行く話で盛り上がりました。彼女は『行きたい』と言いましたが、その条件は『必ずガザに戻ること』でした。どんなに苦難に満ちても、ガザは彼女にとって揺るぎない故郷だったのです」と語る。
「翌日、彼女はこの世を去りました。衝撃は計り知れませんでした。しかし私は、この映画を悲しみだけで終わらせたくありませんでした。私たちが共につくり上げたものは“生きた証”です。この映画は彼女の不在を語るものではなく、彼女という存在の光を伝えるものなのです」と思いを明かした。
ファトマの死は、世界中の映画人やジャーナリストに衝撃を与えた。5月のカンヌ国際映画祭開会式では、審査員長のジュリエット・ビノシュが「ファトマは今夜、私たちと共にいるべきでした。芸術は残り続けます」と追悼の言葉を捧げた。
同映画祭ACID部門プログラム委員会も声明を発表し、「彼女の笑顔、証言、写真、映像は爆撃と悲しみの中で輝く奇跡だった」「ガザの現実を抹消しようとする行為に抗い、映画という手段で彼女の存在を世界に示し続ける」と強調した。
「観客にこの映画で何を持ち帰ってほしいか?」という質問にファルシ監督は、次のように答えている。
「この映画は、しばしば見過ごされてしまう私たちの人間性に、人々が耳を傾け、感じ、気づいてもらうために制作しました。観客が、たとえ一つでも声や視線、微笑み、美しい魂を心に刻んでくれることを願っています。戦争の映像の向こうに、人間性を探し出してほしい。この映画は説明を与えるものではなく、視点を示すものです。映し出されるのは、私たちがほとんど目にしてこなかった土地、そして忍耐強く生きる人々の姿です。観客が映画を観た後に、心が動き、疑問を抱き、何が起きているのかを知りたいと思う。視点が変わったと感じてくれるなら、それはファテムの声が届いた証です。そして、それこそがこの映画が成し得る最も大切な成果だと思います」。
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