刑法の性犯罪規定の厳罰化を巡る議論が法制審議会に移り、法改正に向けた本格検討がようやく始まる。前回の法改正から4年が経過。この間、当事者が声を上げ始めたことで、規定が被害実態に合っていないことが浮き彫りになった。ただ、被害者の悲願がどこまで認められるのかは不透明だ。法務省幹部は「処罰範囲を広げると冤罪(えんざい)が生まれるとの懸念と、どう折り合いをつけるのかが鍵」とみている。
「今の法律がおかしいのであり、改正は厳罰化でなく適正化。被害に遭った人の立場に立った改正が進んでほしい」。8月11日、大阪府の大学院生吉岡星さん(24)がオンラインで訴えた。花を手に性暴力撲滅を求める「フラワーデモ」。新型コロナウイルス禍でオンライン開催も増えたが、毎月実施され、2年以上続く。きっかけは未成年の娘に性的暴行をした実の父親を無罪とした2019年の名古屋地裁岡崎支部など4件の無罪判決だ。
デモには被害者も参加し、自らの経験を次々に語るようになった。その結果、刑法が被害実態と懸け離れ、加害者を罰することができないケースが多いことも判明した。
被害者側が特に強調するのは暴行や脅迫があったと立証できないと罪に問えない「暴行・脅迫要件」の見直しだ。性暴力被害者らの団体「Spring」による約6千件の実態調査でも「体が動かなかった」「何が起きているか分からなかった」など、暴行や脅迫がなくても被害に遭ったとの回答が多数あった。
さらに「魂の殺人」と言われるほど精神的ショックが大きいため被害申告に時間がかかり、公訴時効(強制性交罪は10年)に阻まれて立件できないケースも多いことや、加害者が教師など目上の立場を悪用している例が目立つことも分かった。
性行為の同意能力があるとみなされる年齢も、欧米に比べて低すぎる13歳。性行為がどのようなものか知らない状況で被害に遭い、数十年も精神的に苦しむ例もあった。
だが、法制審に先立ち有識者らが議論した法務省の検討会で結論は出なかった。大阪大の島岡まな教授(刑法)は「検討会がまとめた報告書は消極的で、日本社会の人権意識の低さを表している」と批判する。
法制審でも議論の行方は見通せない。ある法務省幹部は「被害者の声を生かした規定にすべきことは誰もが一致している」とした一方で「罰すべき行為を適切に処罰できるように対象を広げながら、冤罪が生まれないように絞る。ぎりぎりのところで両立させたい」と語る。
ただ島岡教授は、取り調べへの弁護人の立ち会いなどで冤罪を防いだ上で処罰範囲を拡大するのが国際的な流れだと指摘。「そうしたことをせずに処罰対象を絞り、被害者にしわ寄せが行くことはあってはならない」と強調した。「他の先進国では、1970年代に既に行われた改革。次の改正法が消極的な内容にとどまれば、日本がジェンダー後進国だと改めて世界に印象付けると意識すべきだ」