旅行で奈良に行った時、布を扱う店で唐草模様の風呂敷に目が留まった。よくある緑の唐草風呂敷とは違う細かな文様で、どこかで見たと思ったら、直前に拝観した仏像の台座だった。これぞ古都のデザイン、と喜んで買ったが、由来は後で知った。
唐草文様は、シルクロードでペルシャ(現在のイラン)から唐(中国)を経て日本へ伝わった。日本人はペルシャの文物を大歓迎し、天皇家所蔵の正倉院御物にもなっている。唐草はその宝物や調度の多くに見られる模様だ。
平安貴族に広まった香の文化や、雅楽に取り入れられた胡楽、天文学や薬学も受け入れた。仏教美術、ガラス、螺鈿(らでん)など日本の美として現在、外国に自慢できるものの多くはペルシャ由来。どうやらペルシャ人と日本人は感覚的に「水が合った」らしい。
司馬遼太郎は「文明は普遍的なもので普遍的というのは他の民族がそれを利用し、身に着けることができるということ」と言った。歴史をさかのぼると、ペルシャはいわば「日本らしさ」の輸入元ともいえる。
唐草模様は長寿、繁栄のシンボルで、日本では神社仏閣の装飾、陶器の絵柄にも使われる。一方、戦後の日本が受け入れたのはアメリカの文明と価値観。その延長線上に語られる「アメリカの正義」がイランを戦場に変えた。時代を超えて二つの文明を受け止めてきた日本人として、やり場のない思いで平和の到来を望んでいる。(裕)














