映画『ノマドランド』で世界的評価を獲得したクロエ・ジャオ監督の最新作『ハムネット』が、4月10日より日本公開される。第98回アカデミー賞ではジェシー・バックリーが最優秀主演女優賞に輝くなど、大きな注目を集めている。
【画像】映画『ハムネット』場面写真
シェイクスピアの人生に着想を得た本作の公開にあわせ、これまでに80作品以上のシェイクスピア劇に出演してきた“シェイクスピア俳優”の河内大和にインタビュー。近年は映画『8番出口』での“おじさん”役でも存在感を放つ彼が、本作の魅力と、時代を超えて愛され続けるシェイクスピア作品の奥深さについて語った。
物語の舞台は、16世紀イギリスの小さな村。貧しいラテン語教師ウィリアム・シェイクスピアは、森を愛し、薬草の知識に長けた神秘的な女性アグネスと出会い、恋に落ちる。やがてふたりは結ばれ、3人の子どもを授かるが、ウィリアムはロンドンで演劇の道を志し、家族と離れて暮らすことに。残されたアグネスは、ひとりで子どもたちを守りながら日々を生きていく。
しかし、そんな一家に突如として悲劇が訪れる。その喪失と向き合う中で紡がれていく物語は、やがてシェイクスピアの不朽の名作『ハムレット』誕生へとつながっていく――。
――映画『ハムネット』を観ての感想は?
【河内】泣きましたね……途中から最後まで、ずっと泣いていました。僕はこれまでに10回以上『ハムレット』に出演して、さまざまな役を演じてきたので、作品への思い入れも強いですし、「どういう経緯で生まれたのか」という背景も、なんとなくは理解しているつもりでした。
でも、それがここまで明確に描かれると……もう、いてもたってもいられなくなって、とめどなく涙があふれてきて。ここまでの体験は初めてでした。自分の息子と重なる部分もあって、より強く響いたのかもしれません。
ジェシー・バックリーの芝居も、本当に圧巻でした。喪失――大切なものを失う痛みが、最後までずっと心にこびりついて離れなくて。そこから、ああいう形で昇華されていくラストも含めて……感動という言葉では足りない、もっとその先にある体験でした。
観終わったあとには、心がひと皮むけたような、洗われたような感覚があって。すっきりしたというよりも、何か大事なものに触れたような、不思議な余韻が残りました。
――多くの人が『ハムレット』の「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という有名なせりふは知っていると思いますが、物語全体を理解するのは難しい印象もあります。シェイクスピア作品をより楽しむための入り口はどこにあるのでしょうか?
【河内】最初から戯曲を読もうとすると、やっぱりハードルが高いので、まずは舞台や映画で観るのがおすすめですね。映像だとすごく入りやすいので。一度、『ハムレット』を観てから、この『ハムネット』を観ると、「あ、このシーンがあそこにつながっているんだ」とか、「あのせりふはこういう意味だったのか」と、断片が少しずつ結びついていくんです。『ハムレット』を知っていると、随所にリンクが感じられる。もちろん知らなくても心に響く作品ですが、知っているとより深く味わえると思います。
『ハムレット』は、父を失ったところから始まる物語ですが、『ハムネット』は“子どもを失う”ところから物語が動き出す。親と子の関係が重なり合っていく構造が、とても美しいんですよね。
――では、シェイクスピアの『ハムレット』という作品自体の魅力は、どこにあると感じていますか?
【河内】それがね、正直“わからない”んですよ。でも、やりたくなるんです。あらすじだけを聞くと、決して気持ちのいい話ではないんですよね。父の死の真相を探る中で、人を欺き、最終的には殺人にまで至ってしまう。でも、それでもひかれるのは、主人公のハムレットが“ものすごく一生懸命に生きている”からだと思うんです。
人は誰しも、こっちにするか、あっちにするか、迷いながら生きている。『8番出口』もそうだったけど、引き返すのか、そのまま進むのか、選択の連続ですよね。ハムレットは、その迷いに真正面から向き合い続ける。いわば“人生との格闘”を、ずっとやり続けている人物なんです。
有名な「To be or not to be(生きるべきか死ぬべきか)」という問いから、最終的には“Let it be(なすがままに)”のような境地にたどり着いていく。その過程に、人は心を動かされるんじゃないでしょうか。
うまくいくかどうかじゃなくて、とにかく生きることに向き合い続ける。その姿にこそ、魅力があるんだと思います。
――『ハムレット』の要素が随所に散りばめられていますが、一方で“愛する子を失った女性の喪失と再生”という、非常に普遍的で親しみやすい物語でもあります。と同時に、エンターテインメントの本質を見た気がしたのですが、いかがでしょうか。
【河内】まさにそうだと思います。人は誰しも、大小さまざまな“喪失”を経験している。その中でどう立ち直っていくのかを考えたとき、エンターテインメントの力はものすごく大きいと思うんです。
舞台というのは、そうした思いを抱えたお客さんの前で、役者がそれ以上の強さで痛みを引き受け、それでも前に進もうとする姿を見せる場所なんですよね。その過程に観客が引き込まれていき、気づいたときには自分の感情も動かされている。そして最後に、すっと心に落ちてくる――その体験こそが、舞台やエンターテインメントの醍醐味だと思います。
本作でも、ラストに向けて過去・現在・未来、あらゆる感情がひとつに収束していき、やがて闇の中へと消えていく。その瞬間を目の当たりにしたとき、これはもう“奇跡的な時間”だと感じました。
同時に、俳優として自分もこういう表現に向き合わなければいけないんだと、強く突きつけられた感覚もありました。改めてシェイクスピアを演じるということの重みを考えさせられましたし、自分が抱いていた作品のイメージも見直さなければいけないと感じました。正直、いまの自分では『ハムレット』に向き合う覚悟がまだ足りない。そう思わされるほどの衝撃でした。
――昨年出演した映画『8番出口』は興行収入50億円を超える大ヒット。今年は大河ドラマ『豊臣兄弟!』をはじめ、映像作品でも活躍の場が広がっていますね。
【河内】ありがたいことに、映像の仕事が増えてきました。大河ドラマへの出演は念願でもあったので、たとえ短い登場でもすごくうれしかったですし、もっといい役でまた挑戦したいという思いが強くなりました。
舞台はこれからも続けていきたいですが、スケジュールの兼ね合いで、どうしても先に埋めてしまうと映像の仕事ができなくなってしまう。だからこそ、映像の作品にも呼んでいただけるように、時間をしっかり確保しながら両立していきたいと考えています。
もともと映画が大好きで、いつか映画に出たいと思いながら舞台をやってきたので、『8番出口』でその夢がかなって、新人俳優賞までいただけたのは本当に大きな転機でした。これからは、もっと映画の仕事にも挑戦していきたいですね。
原点をたどると、やっぱり映画なんです。子どもの頃、父がよく映画を観ていて、一緒に観る機会が多くて。その影響で映画が好きになって、「俳優ってかっこいいな」と思うようになりました。大学で演劇に出会って本格的にこの道に進みましたが、今につながる原風景は、子どもの頃の映画体験にあると思います。
――『ハムネット』のような“映画だからこそ成立する作品”に触れると、改めて映像表現の魅力も感じます。
【河内】そうなんです。これは舞台ではできない表現ですよね。『ハムネット』は映画の魅力が凝縮された作品だと思います。
劇場で観ると、大自然の中に自分が放り込まれたような感覚になるんですよ。あの没入感は、家ではなかなか味わえない。音と映像に包まれる環境だからこそ、最後にたどり着く感情の深さもまったく違ってくると思います。
――最後に、チャンスをつかみ続けるために、意識していることはありますか?
【河内】特別なことを考えているわけではなくて、一つひとつの仕事に丁寧に向き合うことだと思っています。先のことばかり考えるよりも、今いただいている仕事に対して、自分ができることをやり切る。その積み重ねしかないのかなと。
やっていくうちに、少し慣れてしまう部分も出てくるんですけど、それってすごく怖いことで。今回新人俳優賞をいただいたことで、「まだまだ新人なんだ」と改めて自覚できたのはよかったですね。初心を忘れずに、『8番出口』の“おじさん”を超えていかないといけないので(笑)。いつまでも同じところにはいられないですし、これからも自分自身を更新し続けていきたいと思っています。
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