自民党総裁選では年金制度改革が論戦の焦点になり、選出された岸田文雄新総裁は消費税増税などで巨額の財源が必要となる抜本改革ではなく、現行制度を前提にした見直し案を訴えてきた。
河野太郎行政改革担当相が唱えた国民年金(基礎年金)を全額税方式に変える案に対し、岸田氏の主張の柱は会社員や公務員が加入する厚生年金の適用拡大だ。同じ会社勤めでも、パートなど労働時間が短い非正規雇用の働き手の中には厚生年金加入がかなわない人がいる。働き方の多様化でフリーランスを選ぶ人も増えており、岸田氏は主張通り厚生年金の適用拡大の実行を急ぐべきだ。
こうした人たちの多くは、自営業者らが入る国民年金に加入するしかない。国民年金保険料は月1万6千円余りを加入者が負担。厚生年金の保険料は事業主との折半だ。給付の面でも、国民年金は月約6万5千円(満額)なのに対し、厚生年金はモデル世帯の夫婦で月20万円余りと手厚い。
岸田氏は「働く人全てに社会保険を適用し、厚生年金の世界に入っていただく」ことで、この格差を埋めていきたいと訴える。現実的な改革の道筋としては妥当だろう。非正規の短時間労働者が国民年金から厚生年金に移れば保険料負担が軽くなる人も少なくない。国民年金の未納や免除の減少にもつながる。
老後も事業収入が見込める自営業者に比べ、そうでない人は国民年金だけで老後を支えるのは心細いが、給付の手厚い厚生年金に加入できれば無年金や低年金の防波堤になり得る。厚生労働省の試算でも厚生年金の適用拡大を推進すれば、将来の受給者全体の給付水準を向上させられるとの結果が出ている。
問題は、いかに拡大を進めるかだ。厚生年金適用の企業規模を巡っては2022年に従業員101人以上、24年には51人以上に広げられることが決まっている。しかし新型コロナウイルス禍もあって中小企業の経営が苦しい中、さらに小規模な企業にまで適用を広げる方向となれば、保険料の半分を負担する事業主は尻込みするのではないか。景気の状況を見極めながら納得が得られるよう粘り強い調整力が求められる。
また、岸田氏は著書に「国民年金と厚生年金について財政を一元化する、あるいは財政を調整することを考える時期」と記している。田村憲久厚労相も記者会見で、厚生年金から財源を振り分けることを念頭に、国民年金の給付水準低下への対策に取り組む意向を表明した。
現行制度は少子高齢化に応じて年金給付を抑制する仕組みを取っているから、将来の給付は目減りが避けられない。年金の最低保障機能の強化はこれまで立憲民主党など野党も主張してきた。河野氏が問題提起した次世代の低年金・無年金対策にも、与野党の枠を超えて知恵を出し合いたい。
次世代育成という意味では子育て支援の充実も欠かせない。育児など家族向け支出の日本の対国内総生産比は1・73%と、英国やフランスなど3%前後の国に及ばない。
岸田氏は、子育て世帯の住居費と教育費の支援強化や、保育士の待遇改善に向け賃金引き上げの考えを示している。子ども関連政策の司令塔となる「こども庁」の創設にも賛成した。財源の裏付けを含め実効性ある施策の実現に努めてほしい。