今年のノーベル物理学賞は、地球温暖化など気候変動の研究に貢献した真鍋淑郎・米プリンストン大上席研究員ら2人と、複雑な物理現象の理論的研究で知られるイタリア・ローマ大のジョルジョ・パリージ教授への授与が決まった。

 ノーベル物理学賞が地球科学の研究者に授与されるのは極めて珍しい。選考に当たるスウェーデンの王立科学アカデミーはクラフォード賞という別の賞で地球科学を顕彰しており、真鍋さんは2018年に同賞を受賞。今回、地球温暖化が世界的課題となるはるか前から、その影響予測に取り組んだ先駆性が改めて評価された形だ。

 真鍋さんは、数多くの優れた気象学者を輩出し海外でも知られた正野重方東京大教授率いる「正野スクール」の出身。大学院在学中に発表した論文が米国の研究者の目に留まり、博士号取得後の1958年、プリンストン大の一角にある米海洋大気局・地球流体力学研究所に招かれる。

 研究費は潤沢、雑用もなく、最新鋭のコンピューターがある。世界各国から多様な学問的背景を持つ若手が集まり、互いに競争心をそそられる―。そんな環境の中で、地球全体の大気の動きをコンピューターで再現する「大気大循環モデル」の研究に取り組んだ。

 現在の気候モデルでは、地表から上空の大気までを再現した空間をさいの目に分割して物理法則を適用し、大気の成分や気温、気圧などを変え、どのような変化が起こるかを調べる。

 だが、真鍋さんが研究を始めた頃は、高さ方向だけの1次元が限界だった。67年にはこのモデルを使い、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が倍増すると、平均気温が2度上昇することを示した。

 その後、コンピューターの性能も上がって3次元のモデルが可能となり、真鍋さんは海の存在を取り込んだ世界で初のモデルを作り上げ、海氷への影響など温暖化に伴う気候変動を予測していった。

 それらの結果は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が90年に発表した第1次評価報告書を通じて世界的に注目され、気候変動の研究が盛んになる。まさにパイオニア的存在であり、クラフォード賞受賞の際には「物理学に基づく数値気候モデルを発展させた世界的リーダー」と評価された。

 気象学の分野では戦後の混乱期、真鍋さんのほかにも米国に渡った研究者が目立ち「頭脳流出」と呼ばれた。真鍋さん同様、米国籍を取得して研究を続け、大きな業績を残した人もいる。

 今も、より良い研究環境を求めて海外に出る若者たちがいる。昔と違うのは向かう先が米国だけでなく、今や論文数や研究費で日本をしのぎ基礎研究にも力を入れる中国のほか、韓国、台湾など多様化している。

 政府が国立大への運営費交付金を削ったことで若手向けの安定した職が激減したことや研究環境が悪化したこと、「すぐに役立つこと」が重視され、好奇心に駆られた研究がしにくくなったことが背景にあるとみられる。

 当然、博士を目指す若者も減った。政府は大学院生への経済支援などを進めるが、弥縫(びほう)策と言わざるを得ない。日本が誇る研究インフラである国立大の経営改善を含め、システム全体の立て直しが急務だ。