岸田文雄首相は、新型コロナウイルス禍に対応した数十兆円規模の経済対策を年内にまとめる方針だ。一方、野党も負けじと大規模な給付金や消費税の減税を表明した。いずれも目前に迫る衆院選での票獲得を意識した規模優先のばらまきと言え、財政負担と経済効果の十分な吟味では疑問符が付く。

 コロナ禍の長期化で、当座の経済対策の焦点は苦境下の家計や事業者への支援になる。岸田首相は「国民の暮らしや仕事を守り抜くため経済対策をしっかり進めなければならない」と強調。財源を手当てする2021年度補正予算案は、衆院選後の年末に22年度予算案と合わせて策定する日程とみられる。

 日銀が1日発表した企業短期経済観測調査(短観)が示すように景気は製造業や素材関連で堅調なのに対して、観光や飲食関係が極度に不振な二極化が続く。求められるのは後者にピントを当てた的確な対策である。

 この点で岸田首相は困難な状況下の子育て家庭や非正規労働者などへの現金給付、事業者への支援、観光支援事業「Go To トラベル」の改良実施などを盛り込む考えを示した。検討項目としては妥当と言えるが、肝心なのはスピードだ。

 政府は、コロナの感染増による減収世帯へ無利子融資の対象を広げた特例制度を昨年3月に設けた。申請は今年9月末で累計288万件超、貸付決定額は1兆2千億円に上っており、いかに多くの人々が生活資金に苦しんでいるかが分かる。

 政府はその上で、この制度を上限まで利用した低所得世帯などを対象に最大30万円を支給する仕組みを7月に始めた。ところが厳しい要件などが壁となり申請は8月末で7万7千件弱、支給額は40億円余りにとどまる。

 この実態は困窮世帯への迅速な資金支援の必要性を示唆しており、制度の改善などが望まれる。経済対策を待つのでは遅くないか。

 与野党がこぞって家計への大盤振る舞いを打ち出したのは、選挙が念頭にあるからだ。公明のほか共産、国民民主が対象は異なれども一律10万円の給付を公約。立憲民主は年収1千万円程度以下の世帯を対象に所得税を免除するという。その上で立民、共産、日本維新の会、国民の主要野党は消費税の5%への減税を主張している。

 給付金では昨年、安倍政権が12兆円超の予算を投じて全国民に10万円を支給したが、大半は貯蓄に回り経済効果は乏しかった。対象を的確に絞り込まなければ同じ愚を犯すことになるだろう。

 政策に見合った財源の確保が十分でない点も問題だ。岸田首相は「新しい資本主義の実現」を掲げ所得再分配の強化を唱える。その財源として株式売却益など金融所得課税の引き上げに意欲を示すが、足りない分は国債を充てるとしている。

 野党が目指す消費税の減税は5%分を下げた場合、12兆円程度の巨額の税収がなくなる。その分を企業や富裕層への増税で手当てするのか、やはり国債で賄うのか―。与野党を問わず、軽々に国債による借金に頼るようでは無責任に過ぎる。

 コロナ対策で政府は昨年度、過去最大となる31兆円弱の予算を使い切れず21年度に繰り越した。その原因は安倍・菅政権の「規模ありき」の姿勢にあった。その下策を繰り返してはならない。