岸田文雄首相が就任後初めての所信表明演説を行い、「国民」という言葉を何度も繰り返して「共に新しい時代を切り拓(ひら)いていく」と訴えた。政治が失った国民の信頼を取り戻そうという狙いなのだろう。しかし、政治への信頼の基礎になるのは、目指す将来像を明確に示した上で、国民が納得できる具体的な道筋を語ることだ。

 中には国民に負担を強いる「痛み」を伴う政策もあるだろう。それを正直に語らず、聞き心地のいい言葉だけを並べても、国民の本当の信頼を得ることはできまい。

 演説は、新型コロナウイルス対策も経済政策も、具体的な中身は乏しく、実現へのスケジュールも示さない曖昧な内容に終始した。信頼を損なう一因となった一連の不祥事や公文書改ざん問題には言及もなかった。

 首相は14日に衆院を解散し、31日に衆院選を行う方針だ。解散から17日で投開票という日程は戦後最短になる。総論を示しただけの演説で、有権者に吟味する十分な時間も与えず、政権選択を迫るのは、無責任と言わざるを得ない。早急に具体策を示すよう求めたい。

 自民党の総裁選で「国民の声が政治に届いていない。民主主義の危機だ」と指摘した首相は演説で「国民との丁寧な対話を大切にする」と強調した。だが重要なのは何を語るのかだ。

 新型コロナ対策では安心確保を徹底するとして、司令塔機能の強化や人出抑制と医療資源確保のための法改正で危機管理を抜本的に見直す方針を表明した。では都市封鎖(ロックダウン)を可能にする法整備を行うのか。詳しく説明すべきだ。

 コロナで影響を受けた事業者や非正規・子育て世帯への給付金も実施すると述べたが、具体的な対象や規模は示さなかった。選挙目当ての「ばらまき」ではないか。疑念を抱かざるを得ない。

 経済政策では、格差是正に向けて中間層を拡大する「新しい資本主義」を唱え、「成長と分配の好循環」を実現すると述べた。だが、「好循環」は安倍政権も掲げたが、実現していない。岸田政権で実現できるというならば、安倍政権と何が違うのか。問われるのは具体的な中身だ。

 わずかな具体策は、看護や保育に携わる人々の収入を増やすとしたことだ。ただ、これも公的価格の検討委員会を設置するとしたにすぎない。分配のためには、富裕層や法人、金融所得への課税強化を検討すべきだが、税制の在り方への言及はなかった。

 成長戦略の柱の一つとして、消費を喚起するための将来不安の解消を挙げた。しかし、財源を伴う社会保障制度の将来像を示さなければ不安の解消にはつながらない。負担も伴う全体像を早急に示すべきだ。

 首相が重視する「経済安全保障」では、半導体などの戦略物資の確保や技術流出の防止などに取り組む法案を策定すると表明した。重要な課題だが、自由な経済活動の規制に陥らない慎重な対応が求められる。

 外交・安全保障では「自由で開かれたインド太平洋の推進」など安倍、菅政権の路線の継承で、新味はなかった。現在の喫緊の課題は緊張感が高まっている台湾情勢への対応だが、これも言及がなかった。危機を回避し、地域の平和と安定を守る総合的な外交戦略を早急に示すべきだ。