東京電力と国は、福島第1原発事故で発生した放射性物質を含む「処理水」を2023年春ごろから沖合約1キロで放出する計画や風評被害対策などを示した。だが、地元の理解を得るにはほど遠い。「海洋放出ありき」の議論を撤回し、政府や東電が失って久しい市民の信頼を取り戻す努力に全力を傾注するべきだ。

 福島第1原発では炉内冷却のための注水や建屋に流れ込む地下水、雨水によって大量の汚染水が発生。これを多核種除去設備(ALPS)で浄化したものを「処理水」という。それでもトリチウムなど取り切れない放射性物質が含まれる汚染物質に変わりはない。

 現在は敷地内のタンクに保管しているが「タンクが増えて敷地が足りなくなる」などとして政府は4月に海洋放出する方針を決定した。

 東電は海底トンネルの新設による沖合放出やトリチウムの監視強化などの具体策を公表。政府は、海洋放出で国産水産物の需要が急激に落ち込んだ際の措置として、水産物を一時的に買い取り保管したり、販路拡大を支援したりするとの「風評被害」対策もまとめた。

 消費者が福島産の農水産物に否定的な反応を示すのも、そもそも、事故で放出された大量の放射性物質が原因だ。これを「風評被害」と呼んで特別視すること自体が問題だが、その実証は極めて困難だ。新たな賠償の仕組みが作られるわけでもないので、うやむやになる可能性が高い。

 長期的な裁判を避けるために導入された裁判外紛争解決手続き(ADR)を次々と拒否し、結果的に各地で訴訟が提起されているのを見て、誰が風評被害の賠償に東電が真摯(しんし)な姿勢で臨むと思うだろうか。

 しかも、汚染水処理の中核装置であるALPSの排気フィルター全25カ所のうち24カ所に相次いで破損が判明。東電は、2年前にも同様の破損があり全てを交換していたが、原因を調べないまま運転を続け、公表もしていなかった。重大性の認識も情報公開の姿勢も不十分で、不信は増す一方だ。長期間、これらの事態を見逃してきた原子力規制委員会や政府の姿勢も問われなければならない。

 一連の流れの中で、すべての公害に当てはまる「汚染者負担の原則」がないがしろにされていることも大きな問題だ。

 「汚染物質の保管場所がなくなるから、環境中に放出させてくれ」という公害企業の主張など本来、受け入れられるべきではない。保管場所の確保などを汚染者の責任と費用で対応するのが筋だ。安易な国の支援や税金の投入など、そもそもあってはいけない。

 国際原子力機関(IAEA)は「安全性の担保には、詳細な情報に基づき放出計画を議論する必要がある」と指摘しており、経済産業省は調査団を受け入れる方針だが、周辺国や国際社会への対応はまだ不十分だ。

 事故の最大の被害者である漁民や地域住民の反対を押し切って「海洋放出ありき」の作業が進み、それを政府が後押しをする。これは今回の原発事故後の対応であちこちに見られる「無責任の構造」の典型だ。

 これをごり押しすることは日本の環境政策やエネルギー政策上の大きな汚点ともなり、国際的な信用も失うことになりかねない。今こそ踏みとどまるべき時だ。