「ふるさと創生」と聞くと、1988~89年に当時の竹下登首相が全国の市町村に実施した1億円交付事業を思い出す人も多いだろう。この言葉は、竹下氏が87年に自らの政権ビジョンとして刊行した著書『素晴らしい国日本~私の「ふるさと創生論」』が原点だった▼その中で(1)産業構造における工業(2)需給構造における輸出(3)文化における若者文化(4)地域構造における東京圏|の四つの過剰依存を指摘していた。それから34年たち(1)~(3)は脱却されたと言っていい▼それでも最後の一つは手ごわい。1億円交付事業は「均衡ある国土の形成」が狙いだったが、思うような効果は表れず、後に「ばらまき」として批判の的に。島根で生まれ育ったからこそ抱いた(4)は、今も「東京一極集中」の名で顕在する▼ふるさと創生の遺志は、地盤の衆院島根2区とともに弟の亘氏が受け継いだものの、志半ばで病に倒れ、今年7月に政界引退を表明。9月に74歳で亡くなった。無念だったに違いない▼衆院選が終わった。60年以上続いた「竹下ブランド」がなくなった島根2区は、亘氏の後継を担う自民党新人の高見康裕氏が三つどもえの戦いを制した。「竹下亘先生がつないできた、ふるさと創生の重いバトンを前に進めることが、私に課せられた一番の使命だ」。公示日の第一声で声高に語った公約を実現できなければ「ふるさと」はますます縮んでしまう。(健)