松江観光の名物・堀川遊覧船で19年間船頭を務めてきた錦織登志子さん(72)が31日、最後の仕事を終え、引退した。2008年、松江を舞台にしたNHK連続テレビ小説「だんだん」では、遊覧船の船頭をしている主人公の祖母役の「影武者」として出演を果たした知る人ぞ知る船頭の一人だ。コロナ禍で客が減り厳しい状況の中で後ろ髪引かれるが「何度見てもあきない景色を伝えてほしい」と後輩へ思いを託す。
事務職をしていた錦織さんは54歳の時、新たな活躍の場を求めて、当時は少数だった女性の船頭となった。
NHKに出演した翌年の09年、肺がんを患った。悪い考えが頭をよぎったが「乗せた人の笑顔がまた見たい」という気持ちで療養し、片方の肺を摘出しながらも2カ月で復帰した。「今、この時期しか乗れない人のために何ができるか」と自問自答し、傍らには、春夏秋冬それぞれの景色を撮影した写真をそろえた黄色いファイルを手放さない。
最後の乗船の日、迎えた客は8人。思えばコロナの影響で、出会いが限られた日は続いた。「海外のお客さんのために覚えたあいさつや歌も忘れてしまったよ」と苦笑いする。
この日、錦織さんと共に船頭や受付をしていた職員12人が退職した。仲間は10年近く勤めたベテランぞろいで、歴史の知識が豊富な人、歌や腹話術が得意な人、個性と魅力あふれる船頭たちが松江の観光を盛り上げてきた。最後に観光客に声を掛けたのは「19年間ここの船に救われて過ごしてきました。だんだん。またきてごしない」の言葉だった。
(森みずき)