人は「自分」という輪郭に開いた小さな穴から外の世界をのぞき見している。他の穴から同じ景色をのぞくことはできないし、穴のこちら側でたゆたう心のありようもまた、外からはうかがい知ることができない。

 すばる文学賞に決まった永井みみ「ミシンと金魚」(「すばる」11月号)は、認知症が進む女性のひょうひょうとした一人語りから、欠落や偏りによって異化された世界が十...