親は監護・教育に必要な範囲内で子どもを懲戒することができると定めた民法の規定が削除される見通しとなった。法制審議会がいわゆる「懲戒権」規定を削除する要綱案をまとめ、政府は秋の臨時国会以降の民法改正案提出を目指す。「しつけ」のためとして子どもを殴るなどの行為が正当化され、虐待につながるのを防ぐ狙いがある。
規定を削除するとともに、子どもの人格尊重を親の義務とし、2019年に成立した改正児童虐待防止法と同様に「体罰禁止」を明記。それ以外の「心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動」も禁じる。虐待につながり得る行為を可能な限り排除し、子どもを守るという視点に立った。
ただ、法改正の中身がどこまで社会に浸透するかは見通せない。改正児童虐待防止法は翌年4月に施行されたが、厚生労働省によると、20年度に全国の児童相談所が虐待として対応した件数は30年連続で最多を更新、初めて20万件を超えた。また警察が21年中に虐待の疑いで児相に通告した子どもの数も10万人を上回り、過去最多となった。
虐待をしつけと正当化できなくなるとはいっても、実効性確保に課題は多い。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、虐待リスクは高まっているとされ、しつけに悩む親からの相談も増えるだろう。児相の体制拡充などを着実に進めたい。
親権者に懲戒権を認める規定は1898年施行の明治民法から引き継がれてきた。親が子どもの問題行動を矯正するため身体や精神に苦痛を与えて懲らしめるのは一般的に、しつけと解釈され、戦後に「家」制度が廃止されて以降、時代にそぐわなくなった民法の改正が重ねられる中にあっても、懲戒権は残った。
子どもを虐待から守ろうと、親族や検察官、子ども本人らの申し立てにより親権を最長2年間停止する制度を創設した2011年の民法改正に際し、法制審は懲戒権削除を検討したが、「正当なしつけまでできなくなると誤解される」などの意見もあり、見送った。
ところが18年3月に東京都目黒区で5歳女児、19年1月に千葉県野田市で小4女児が亡くなるなど虐待事件が相次ぎ、体罰禁止を明文化した改正児童虐待防止法成立に合わせ、法制審に懲戒権見直しが諮問された。検討の当初段階で「必要な指示と指導はできる」との文言を入れる案もあったが、行き過ぎたしつけにつながる恐れがあるとして採用されなかった。
では、どうやって外からは見えにくい家庭内で繰り返されているかもしれない暴力などをやめさせるか。昨年5月に厚労省が公表した調査によると、18歳以下の子どもを持つ親ら5千人のうち33・5%が過去半年以内に、しつけとして体罰を与えたとし、41・7%は「場合により必要」と体罰を容認している。こうした傾向がすぐさま、なくなるとは考えにくい。
しつけに悩む親らの相談先として、児相の体制拡充は欠かせない。増え続ける虐待に対処するために政府は児童福祉司や児童心理司の大幅増員を進めているが、現場には人手不足はもちろん、ベテラン職員の確保などの課題が山積みになっている。さらなるてこ入れが必要だろう。行政機関が民間支援団体との連携を深め、相談を具体的施策につなげる仕組みを整えることも検討したい。