新型コロナウイルスの第6波が全国を襲う中、東北の岩手県が人口当たりの感染者数を全国最少に抑えている。山陰両県と岩手県の感染者数の推移を比較し、有効な対策は何だったのか、今後はどうすればいいのか、各県の担当者や医療関係者に聞いた。前編では岩手県の取り組みについて伝える。(Sデジ編集部・吉野仁士)
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▼感染者確認が全国最後

厚生労働省の統計によると、直近1週間(1月28~2月3日)の各都道府県の人口10万人あたりの新規感染者数は、全国最少が岩手県で78・89人。山陰両県は島根県が岩手県に次ぐ80・76人、鳥取県が176・9人。岩手県の人口は122万1205人(県統計、2021年1月時点)。島根県の推計人口の66万9887人(県統計調査課調べ、同時点)と鳥取県の推計人口の55万651人(県統計課調べ、同時点)の合計より667人多い。岩手県の1月の累計感染者の実数は1253人で、同月の島根県(2515人)の半分、鳥取県(2063人)の6割ほどだった。感染者数は全国都道府県の中で飛び抜けて少ない。
国内で初めてコロナの感染者が発覚したのは、2020年1月。岩手県内での感染者確認は、全国の都道府県で最後の同年7月だった。全国に緊急事態宣言が発令された4~5月、感染者が出なかった唯一の県だ。
感染者確認が遅かった順で言えば、鳥取県は最後から2番目、島根県は同3番目だった。国内で感染者が出始めた当初は3県とも似通った状況だった。今の第6波で、岩手県はなぜここまで感染者数を抑えられたのか。
▼感染者少ない要因に「県民性」?
岩手県保健福祉部の工藤啓一郎理事心得(60)は「感染対策の呼び掛けや保健所による追跡調査が成功した結果だが、他県と大きく違うことはしなかった。呼び掛けを聞き、行動する側の県民が、大きな要因なのではないか」と分析した。
工藤理事心得によると、岩手県は自然が豊かな上に、2011年、東日本大震災を経験したことで県民の危機意識が高い。「県民性は真面目で慎重」なため、県側から移動や外出についての制限を出さなくても、県民自ら考えて感染対策を講じ、感染を抑えるという。

国内で新型コロナウイルス感染者が初めて確認されてから2カ月後の20年3月、県は医療関係者を交えた専門委員会を立ち上げ、県民への注意喚起を徹底した。それから7月まで感染者が出なかった。工藤理事心得は「感染者の出現が全国最後になったのは、県民の危機意識があったから」と振り返る。
▼独自の緊急事態宣言も
岩手県の基本的な呼び掛け内容は他県と同様、手洗いや消毒、3密回避の推奨と、感染拡大地域への移動自粛。年末年始の帰省自粛には言及しなかった。

島根県も同様に帰省自粛を求めなかったが、島根県では12月28、29の両日、出雲市内の飲食店関連で計14人の集団感染が確認された。1月6日には一日の感染者が20人を超え始め、13日確認分で初めて100人を超えた。丸山達也知事は8日にあった中国地方知事会の臨時会議で「年末年始の大規模な移動と飲食行動による感染が顕著に出てきている」と感染動向を分析した。
岩手県の年末年始では新規感染者は12月が3人、年始は1月5日確認分まで5人以下だった。オミクロン株が確認された8日以降に増加し始め、25日に初めて100人を超えた132人が確認された。
1月の感染者の増加速度は、島根県と比べて緩やかで、感染者の総数も少ない。工藤理事心得は「(岩手県は)県内でオミクロン株が初確認された1月8日に、県独自の宣言を出した。一定の効果があったのだろう」とみる。
岩手県はこれまで、国が発令する緊急事態宣言とは別に、県独自の宣言を複数回発令してきた。宣言は二つあり、移動や外出の制限をせず、感染対策の徹底をあらためて呼び掛ける内容の「岩手警戒宣言」と、感染リスクが高い場所への移動自粛をお願いする「岩手緊急事態宣言」。緊急事態宣言は基本的には飲食店への営業時間短縮の要請をしないため、国の宣言とは異なる。
警戒宣言は2021年7月に、緊急事態宣言は同年8月に初めて発令した。どちらもコロナの第5波が全国を襲った時だった。緊急事態宣言発令時、直近1週間の新規感染者数(人口10万人あたり)は16・5人だったが、1カ月後には9・6人に減り、早期に宣言を解除できたという。
住民生活により身近な県が一定の段階で感染リスクを判断し、宣言という形で呼び掛けるスタイルは分かりやすい。呼び掛け方を工夫すれば、聞く県民の側は「もっと気を付けよう」と気を引き締められそうだ。

発令のタイミングには注意を払うという。最初の岩手警戒宣言を発令した7月は、県内で初めて変異株のデルタ株感染者を確認したタイミングで発令した。国や他の自治体の多くが、新規感染者の数や病床の使用率を判断基準にする中、早い時期での発令だ。
第6波が流行する現在も、1月8日の岩手警戒宣言に続き、23日に岩手緊急事態宣言を発令した。緊急事態宣言は第5波の時と同じく、直近1週間の新規感染者数(人口10万人あたり)が15人を超えたタイミングで発令した。
宣言前から、感染拡大地域の傾向を参考にした注意喚起も続けた。第6波は若い人から家族経由で感染拡大すること、学校や保育所関連のクラスター発生に注意してほしいことを、県のホームページや記者発表を通して強調してきたという。
工藤理事心得は「早めに注意を喚起することで感染を抑制でき、保健所で迅速な追跡調査もできる。こうして感染者を早期に囲い込むことが、感染拡大防止につながった」と話した。真面目で慎重な県民性も感染抑制の要因かもしれないが、早い段階での効果的な注意喚起が有効だと感じる。県の呼び掛けと県民の危機意識、行動がかみ合って、現在の感染者の少なさにつながったのだろう。
<後編>では、山陰両県の現在の対策や今後の注意点について取り上げる。
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