岸田文雄首相は新型コロナウイルスのオミクロン株対応で強化した水際対策を巡り「第6波の出口へ歩み始める」として3月からの緩和を決めた。
既に国内で感染が拡大した今は、世界でも突出した「鎖国政策」は感染防止効果より不利益の方が大きいと経済界や留学生らの不満が高まっており、やむを得ない判断だろう。だが、これをもって危機は去ったとして気を緩めることは禁物だ。
専門家は「2月上旬にピークを越えた」とするが、1日当たりの新規感染者数が多くの世代で減少傾向の一方、80代以上は微増。重症者が増え、死者は200人を超える過去最多の水準が続く。31都道府県ではまん延防止等重点措置が3月6日まで続き、現状はなおも厳しい。
その中で水際対策が緩和される。1日当たりの入国者は現行3500人の上限をまず5千人に増やす。この枠内で技能実習生や留学生など観光目的以外の外国人の新規入国を解禁。現在7日間である入国後の待機はワクチン3回接種など一定条件を満たせば免除、もしくは3日間に短縮する。
大半の国で既にオミクロン株がまん延し、世界保健機関(WHO)も渡航制限は「(感染対策に)プラスにならない」と撤廃や緩和を勧告。それが世界の潮流となっている。日本や中国だけが、なおも厳しい入国規制を続けるのが難しい状況になったのも確かだ。
しかしこれは、入国時に感染者を見極め治療、隔離でウイルス持ち込みを防ぐ必要がなくなったということではない。水際に多くの費用、人材を投じて得られる抑止効果が、国内対策に比べ相対的に低くなったにすぎない。鎖国政策の継続で失うものがより大きくなったということだ。
在留資格を事前認定されながら入国できていない外国人は40万人、うち留学は15万人という。ビジネスパーソンが往来できなければ企業間の合併・買収交渉や技術協力が停滞する。人手不足を補う外国人技能実習生もコロナ禍前より減少、世界経済が回復軌道に乗ってきた中、日本は取り残されかねない。
卒業に支障が出る留学生らの入国は今年から例外的に認めたが、わずか400人程度だ。韓国などに留学先を変更する若者も出始め、このままでは長期的に国益を損なう。
経済や人的交流がグローバル化した現代で競争を生き抜くには、「開国」と感染症対策の両立の道を探るほかあるまい。
今後は、水際の「壁」を下げても、外国からの感染者をピンポイントで着実に把握するための検疫強化がむしろ重要になる。その態勢整備がセットになってはじめて開国の条件が整うと、政府は肝に銘じるべきだ。
首相は昨年11月、海外でのオミクロン株拡大を受け、全世界を対象に外国人の新規入国禁止を決定。その際「慎重すぎるとの批判は全て私が負う」と言い切った。それだけの覚悟をトップリーダーが示したことで、国民は事態の重大さを知って緊張感を共有でき、国内の感染拡大を遅らせる一定の効果があっただろう。
首相が今なすべきは、水際対策は緩和しても国内対策の正念場はここから―と国民に正しい理解と協力を求めることだ。危機に際して国民に直接語り掛ける記者会見が1カ月半ぶりでは、自ら掲げる「信頼と共感」の政治に背くと指摘したい。