ウクライナ南部にある欧州最大級のザポロジエ原発の周辺でロシア軍が攻勢を強め、国際社会の危機感が深まっている。
原子炉が破壊されれば大量の放射性物質が放出されかねない。原発への攻撃は全人類を深刻な危険にさらす蛮行だ。原子炉が直接の攻撃目標でなくても、ミサイルの誤射などで放射性物質が広がる恐れがある。攻撃の即時停止を強く求める。
旧ソ連時代にウクライナ北部で爆発事故を起こし、膨大な放射性物質を飛散させたチェルノブイリ原発の惨事が、世界の人々の脳裏をよぎったはずだ。
原発は原子炉自体が破壊されなくても、電源喪失で冷却に支障が生ずれば、東京電力福島第1原発事故のようにメルトダウン(炉心溶融)に至る。運転を止めても冷却は絶対に必要だ。戦闘の激化などで運転員が退避した場合も、やはり危機に陥る。
ウクライナにはザポロジエ、ロブノ、南ウクライナ、フメリニツキーの4原発があり、計15基の原子炉がある。多くの原発が稼働する国が本格的な戦場となるのは史上初で、世界の原子力関係者が懸念を強めていた。
最大のザポロジエ原発の原子炉は6基で、国内の総電力の約2割を担う。ウクライナのクレバ外相は「爆発すればチェルノブイリ事故の10倍の被害になる」と警告した。
チェルノブイリ原発は廃炉だが、爆発した4号機はシェルターに覆われ、作業員が事故処理を続けている。付近に放射性物質も貯蔵されている。ロシア軍は侵攻後いち早く同原発を制圧し、作業員は人質状態とされる。ここでも放射性物質が拡散するリスクがある。
原発はウクライナの戦略的な最重要施設だ。ロシア軍は、原発の制圧によって市民生活の要を押さえ、ウクライナのゼレンスキー政権に圧力をかける狙いかもしれないが、原発を人質にするのはあまりに危険な行為で言語道断だ。国際原子力機関(IAEA)理事会は原発に対する全行動の即時停止をロシアに求める決議を採択している。
ウクライナでは2015年12月、世界初とされるサイバー攻撃による大規模停電が発生した。17年6月にもエネルギー関連施設にサイバー攻撃が仕掛けられた。米政府などはロシア軍のサイバー攻撃だったとみている。
今回のロシア軍侵攻の数時間前にサイバー攻撃が活発化したが、ウクライナ政府に米マイクロソフトが防御策を提供して被害を防いでいるという。ロシア軍は電力網にサイバー攻撃を試みたが成功せず、直接的攻撃に乗り出した可能性もある。
ロシアのプーチン大統領は核兵器運用部隊を戦闘警戒態勢に置くよう命令するなど、核戦力に言及して米欧を威嚇している。原発を制圧すれば核兵器による脅しに近い効果があると考えているかもしれないが、人類の安全をもてあそぶ無謀な行為は受け入れられない。
原発は戦時下での防護を基本的に想定していない。米国は01年の米中枢同時テロを受け、航空機を意図的に原発に突入させるような大規模テロへの対策を導入した。日本では福島第1原発事故後、13年の新規制基準でようやく米国並みのテロ対策施設の設置を義務付けたが、依然として整備の途上にある。
原発は有事の際、巨大なリスクになるという厳しい現実をウクライナは示している。