昨シーズンに引き続き、FC神楽しまねの公式カメラマンを務める小川高志さん=小川さん提供
昨シーズンに引き続き、FC神楽しまねの公式カメラマンを務める小川高志さん=小川さん提供

 サッカーの日本フットボールリーグ(JFL)で4季目を迎えたFC神楽しまね(旧松江シティFC)の公式カメラマン・小川高志さん(42)。高校3年生の時に突発性難聴を発症し、30代の時に完全に耳が聞こえなくなった。当初は日々塞ぎ込んでいたが、写真を通して人とつながる喜びを経験し、スポーツカメラマンとして活動するようになった。写真にかける思いや今後の目標を聞いた。(Sデジ編集部・宍道香穂)

▷写真を通し「外の世界」に興味
 小川さんは兵庫県西宮市出身。両耳付近に聴神経腫瘍が確認され、2回にわたる手術で全摘出したが、良性の聴神経が次第に大きくなって耳の神経を圧迫。徐々に聴力が低下し、30代の時に完全に聞こえなくなった。

 大学生の時は聴力の低下により周囲と思うようにコミュニケーションが取れず、自宅で塞ぎ込むようになった。外に出るきっかけとして、父が趣味としていた写真撮影をやってみようと思い立ち、風景や花の写真を撮るようになった。小川さんは「道端の小さな花など、日頃は目に留めないものを意識して撮影して、外の世界に興味を持つよう心掛けていた」と当時を振り返る。

FC神楽しまね(旧松江シティFC)の公式カメラマン・小川高志さん

 当初は風景写真をメインに撮影していたが、知人が社会人ラグビーチームで活動していることを知り、選手たちの写真を撮るようになった。大会前夜、小川さんが選手にメッセージアプリで連絡すると「少しでも緊張がほぐれるように、高志が撮ってくれた写真を見ていた」と返信があった。小川さんは「選手のためになる写真を撮り続けたい」と思うようになり、独学で写真を学んだ。「耳が聞こえなくても、写真を通して多くの人とつながることができると実感した」という。

小川さんがラグビー日本代表を撮影した時の写真(小川さん提供)

 妻の地元、出雲市で子育てをしたいとの思いがあり、小川さんは数年前から移住の準備を始めた。写真関連の仕事がしたいと、県内の写真スタジオや企業に、これまで撮影した写真をまとめたポートフォリオを持参したが、結果は全て不採用だった。
 実績は認めてもらえても、被写体とコミュニケーションを取りづらいといったことを原因に断られることが続いたという。悔しさを胸に「移住後も写真活動を続けよう」と決意した。ふるさと定住財団の紹介で山陰パナソニック株式会社(本社・出雲市渡橋町)に就職し、2021年10月、出雲市に移住した。

▷業務と並行し、スポーツ写真を撮影
 山陰パナソニックはスポーツを通した地域貢献活動に力を入れていて、小川さんは入社後、通常業務と平行しながら、社が主催、共催しているスポーツ大会の写真を撮影するようになった。全山陰学童軟式野球大会や出雲くにびきマラソン、eスポーツ大会など、幅広いスポーツの写真を撮影している。スポーツを通してつながりが生まれ、島根県高校総体ラグビーや春の高校バレー選手権の島根・鳥取県予選も撮影した。

松江市営野球場で開催された野球大会、山陰パナソニック杯の観戦客を写した一枚(小川さん提供)

 島根県内でスポーツ写真を撮影する中でFC神楽しまねのスタッフと知り合い、昨シーズンからチームの公式カメラマンに就任した。今シーズンも引き続き担当する。加えて今シーズンからは、出雲市を拠点に活動する女子サッカーチーム、ディオッサ出雲の公式カメラマンとしても活動する。
 
 小川さんは「写真活動を続けられるのは、会社のバックアップがあってこそ」という。撮影時は日頃担当している設計業務ができないが、業務態勢や同僚のサポートにより、撮影活動ができているという。小川さんは「入社時はこういう形で活動が続けられるとは考えていなかった。周囲の協力があってここまできている」と感謝した。

▷努力すれば輝けると伝えたい
 小川さんの同僚、板垣剛志さん(41)は小川さんが撮った写真を初めて見た時、クオリティーの高さに衝撃を受け「才能を生かしてほしい」と、小川さんの活動をサポートしている。
 板垣さんは小川さんについて「コミュニケーションを取りづらいというハンデはあるが、2倍、3倍の努力で乗り越えている」と話した。社が主催するスポーツ大会の写真撮影を担った時、小川さんは入念に会場を下見していた。妥協を許さない性格で、撮影を任されたからにはクオリティーの高いものを提供するとの気概を感じるという。

小川さん(左)と、小川さんの同僚の板垣剛志さん

 小川さんの作品は、スポーツの試合や日常のワンシーンから人々の表情、雰囲気をうまく切り取っていて、その場の空気が伝わる臨場感が特徴だと感じる。これまでに撮った写真の中で、小川さんが特に気に入っている作品をいくつか紹介してもらった。

① 立命館大学アメフト部、試合終了後に主将が話しているシーン
 力強く立つ主将の後ろ姿と、主将を見つめる部員たちの表情から、会場の迫力がひしひしと伝わる。小川さん「独特の緊張感が漂う現場で、ぎりぎりまで近づいて撮った写真。もう一歩を踏み出すことの重要性を知った」

立命館大学アメリカンフットボール部の主将が、試合後に話している時の様子(小川さん提供)

② 春高バレー島根県予選、優勝を決めた瞬間の監督
 小川さん「主役は選手だけではないことを改めて感じた写真」。小川さんが撮影する写真は選手だけでなく、サポーターや監督など、試合に関わる多くの人の姿を切り取り、会場の雰囲気や人々の心情を伝える。

全日本バレーボール高等学校選手権大会島根県予選を突破し、安堵(あんど)の表情を浮かべる監督

③ FC神楽しまねのゴールキーパー
 気迫に満ちた表情から、試合の白熱ぶりがうかがえる。小川さん「選手の表情に注目して撮影している。出場した選手全員を撮るようにしている」

鬼気迫る表情を浮かべるFC神楽しまねのゴールキーパー

④ 宍道湖にいたハクチョウ
 小川さんは、自宅がある出雲市から勤務地の松江市内まで車で通っていて、通勤時に風景などの撮影を練習しているという。小川さん「朝日で水面が橙色に染まる宍道湖にいた白鳥がすてきだった」

朝日が反射する宍道湖に浮かぶハクチョウ

⑤ 義父と娘
 小川さんの娘、穂華(ほのか)ちゃん(4)=撮影当時2歳=が、祖父のひざに座っている写真。小川さん「自慢げな表情を浮かべる娘の表情が愛らしかった」

祖父のひざに座り、自慢げな表情を浮かべる小川穂華ちゃん(当時2歳)

 スポーツ写真の撮影について小川さんは「プレーの予想はチームや選手のことを理解しておかないと難しい。事前に調べる過程も楽しむようにしている」とする。
 小川さんは「耳が聞こえない分、目で情報収集している」という。例えばサッカーの写真を撮る際は、ボールを持っている選手だけでなく、ボールを持っていない人、監督、サポーターなど、コートの至る所を注意深く観察する。試合の熱気が伝わる、臨場感のある写真を撮る秘訣(ひけつ)だと感じた。

試合を撮影する小川さん(小川さん提供)

 小川さんは「聞こえないことは不便だが、不幸ではない。捉え方の問題で、その人らしさを生かすことで可能性は開ける。聞こえなくても頑張れば輝くことができると、活動を通して伝えたい」と、今後の抱負を話した。

 2030年に島根県で国民スポーツ大会の開催が予定されていることを受け「国民スポーツ大会のオフィシャルカメラマンになりたい。そのために、全ての競技の撮影経験を積むことが目標」と、新たな夢を描いている。

 取材はメールの文章でのやりとりに加え、板垣さんも含めた3人で、対面でも行った。小川さんは、耳は聞こえないが発声は不自由なくできるといい、マイクで拾った声がテキスト化される機器を使いながら、記者の質問に丁寧に答えてくれた。何事にも真っすぐに向き合い、向上心あふれる小川さん。作品を通して多くの人に元気や力を届けてくれる。今シーズンの新しい作品をぜひ見てみたいと思った。