「明日に延ばせることは今日やるな」-。上司からそんな指導を受けたら戸惑う新入社員も多いだろう。発言の主は『忍者ハットリくん』や『怪物くん』などで知られる漫画家藤子不二雄A(本名・安孫子素雄)さんである▼20年前に本紙で掲載したインタビュー記事でこう続けている。「漫画には怖い怖い締め切りがあり、それが迫ったら、ほんとうはもう明日はない。だけどまあいいや、ここで頑張っても作品が荒れるだけだし、明日早起きしてからかいた方がいいんじゃないかと…」。現代にも通じるストレス社会を軽やかに生き抜くヒントに思える▼後に『ドラえもん』を描く藤子・F・不二雄(同・藤本弘)さんとの合作で漫画家になったのが高校時代の1951年。ところが30歳前後で壁に突き当たった。「当時は漫画=児童漫画の時代。僕は藤本氏のように童心を持ち続けられず苦しかった」▼そんな安孫子さんを救ったのが時代の流れ。漫画読者の成長に伴い、大人向け漫画の需要が拡大。悩める中年男性に近づき心の奥の黒い欲望に火を付ける謎の男、喪黒福造が登場する『笑ゥせぇるすまん』のヒットで、自らの悩みを振り払った▼26年前に旅立った元相棒の藤本さんに続き、安孫子さんが88歳で亡くなった。「何事もいいように解釈しよう」「良いことも悪いこともそう長くは続かない」…。そんな安孫子流の思考がまぶしく思える。(健)