<ふるさとの訛(なまり)なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく>(石川啄木)。正月休みの帰省客を迎えるふるさとの駅。その駅前の店舗や人の流れは3世代ぐらいで一変する。孫を出迎えるおじいちゃん、おばあちゃんの思い出の風景が消え、にぎわいを失った駅は山陰にも多くある。
東京の渋谷は東急不動産、六本木は森不動産、東京駅周辺は三菱地所で日本橋は三井不動産など、大手デベロッパーが各エリアで再開発に数千億円を投入。文化や地域性を生かした街づくりを競う。
逆に地方都市にデベロッパーが進出しないのはスケールメリットがないからだ。大手不動産会社の担当者は「中国地方で投資効果があるのは広島駅前開発ぐらい」という。開発により広島駅ビル2階に路面電車が乗り入れ、見違えるように変わった。
戦後、都市建築の主役となったコンクリート建築は、最低でも47年は使わないと建築費の元が取れない。あくまで税務上の目安で補修すれば100年は持つのだが、多くの商業ビルは集客力が落ちると半分の50年ぐらいで取り壊される。
こうして地方の駅前に空虚な風景が出現した。100年使えるものを簡単に壊し、わずか数世代前の思い出のかけらも吹き飛ばす「街の使い捨て」。それをこのまま続けるのか。巨額の投資はできなくても、世代を超えてつながる記憶や愛着を生かし、未来図を描いてみるのも面白いのでは。(裕)













