政府が年末に予定する外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」など三つの文書の改定に向けて自民党が提言をまとめ、岸田文雄首相に提出した。

 焦点だった相手国の領域内でミサイル発射を阻止する「敵基地攻撃能力」は「反撃能力」と名称を変えて保有し、基地だけでなく「指揮統制機能等」も攻撃対象に加えるよう求めた。

 おおむね国内総生産(GDP)の1%程度で推移してきた防衛費は、GDP2%以上を目標としている北大西洋条約機構(NATO)加盟国を念頭に「5年以内に抜本的に強化する」と大幅な増額方針を打ち出した。

 提言は日本の安保政策の基本である「専守防衛」の枠内だとしている。だが防衛力の大幅な増強は専守防衛の事実上の転換ではないか。周辺国を刺激し、軍拡競争に陥る恐れもある。政府内だけでなく国会でも真剣に議論するよう求めたい。

 国家安保戦略は2013年に安倍政権下で初めて策定された。岸田文雄首相は昨年10月の所信表明演説で「わが国を取り巻く安保環境が厳しさを増している」として改定を表明した。

 確かに中国の軍備拡張や北朝鮮の弾道ミサイル発射に加え、ロシアのウクライナ侵攻で国際秩序は大きく揺らいでいる。安保戦略を見直していく作業は必要だ。しかし提言は防衛力の増強ばかりが強調されている。

 ミサイル技術の進化で極超音速弾や軌道を変えながら飛ぶ兵器が開発され、迎撃は難しくなっている。このため反撃能力を持つことで「攻撃を抑止」するというのが提言の論理だ。

 「反撃」という名称を使うのは、あくまでも先制攻撃ではないという点を強調する狙いだろう。しかし提言はどの時点で、どんな武器を使うかを明確にしていない。発射段階で「反撃」すれば先制攻撃と見なされる可能性があろう。

 歴代政府は憲法解釈上、自衛のための必要最小限度の敵基地攻撃は許容されるとしながらも、そのための装備は持たないという判断をしてきた。日米安保条約の下、打撃力は米国に委ねてきたのが日本の専守防衛だ。相手国の指揮機能まで攻撃する能力を持つのは、専守防衛とは言えまい。

 提言は必要最小限度の自衛力についても「国際情勢や科学技術等の諸条件」を考慮して決められると記述した。これでは歯止めはなくなる。

 防衛費のGDP2%目標もどう実現するのか不明確だ。限られた予算の中で防衛費を大幅に増額すれば何かを削らなければならない。提言はその点には触れていない。

 武器輸出に関する「防衛装備移転三原則」を見直すことも打ち出した。ウクライナ支援では防弾チョッキや軍事目的で使われる可能性のあるドローンを提供した。市販品のドローンは三原則の対象外だとしているが、議論抜きで既成事実化していいのか。

 情勢認識では中国を「重大な脅威」、ロシアを「現実的な脅威」と認定した。今必要なのはロシアのウクライナ侵攻を受けた今後の国際情勢の動向を詳細に分析することだろう。

 国家安保戦略は外交も含む長期指針だが、提言にはその視点が抜け落ちている。外交によって相手国の攻撃意図をなくしていくのが最大の抑止力だ。危機に便乗しない冷静な議論が求められる。