町民の温かさに触れIターンした小野哲郎さん
町民の温かさに触れIターンした小野哲郎さん

 世界遺産・石見銀山遺跡の中核地域の大田市大森町にこの春、Iターン者が相次いだ。町民の温かさや暮らし、自然環境、仕事に魅せられ、新天地に選んだ人たち。それぞれに異なる境遇や立場から、伝統的な町並みが残る人口400人の小さなまちに新しい風を吹かせ、未来につなげたいと決意を新たにする。
(曽田元気)


「大森の未来につながる仕事を」

 「関西で住宅ローンを返すか、大森で受けた恩を返すかを考えれば答えは見えていた」

 兵庫県西宮市から一人娘の一花さん(8)を連れて移り住んだのは、グラフィックデザイナーの小野哲郎さん(46)。里帰り出産で大田市に生まれ、大阪で育った。2011年に会社を立ち上げ、大手すしチェーンの新商品ポスターなどを手掛けた中、代表作と自負するのは住民目線にこだわった大森町の情報サイトだ。

 昨年、妻由里子さんを37歳で亡くしたのが移住のきっかけ。仕事一辺倒ではなく親子二人の生活を大切にするには、マンションのローンを返しながら働く関西より大森が適していた。仕事で知り合った町民に背中を押され、落ち込んだ時に前向きにしてもらった恩を感じる。一人親に対しての偏見はなく、むしろ積極的に関わってくれるからありがたい。

 大森小学校の児童が学年に関係なく遊ぶ姿に感銘を受け、一花さんも町を気に入った。「島根のデザイナーの1人として、大森の未来につながる仕事をしたい」と力を込める。


「人が人を呼ぶ町に呼ばれて来た」 

 フリーランスの編集者兼カメラマンの小松﨑拓郎さん(30)、グラフィックデザイナーの由佳さん(30)夫妻はドイツから帰国後、住まいを探して全国を巡る中、最後に訪ねたのが大森だった。自然豊かで伝統的な町並みに引かれ、移住を決めた。

 古民家の自宅は川のせせらぎが聞こえる。新型コロナウイルス禍の前からリモートワークをしてきた由佳さんは、都会でたまるストレスがここでは感じにくいと笑う。

 拓郎さんは大森には各分野のプロフェッショナルが多く、刺激を受けるという。「人が人を呼ぶ町に呼ばれて来た。自分たちに求められるものを見つけ発信したい」と先を見据える。


気軽に声を掛けられる環境に驚き 

 義肢装具メーカーの中村ブレイスに新卒で入社した河合(かわあい)宏太さん(22)は北海道幕別町出身。高校生の頃、人を支える仕事がないかと探し、義肢装具士を知った。専門に学べる札幌市の大学に進み、今春卒業した。

 就職先に選んだのは「社員がどの会社より明るく、仕事に誇りを持っている」と感じたから。4月下旬に勤務を始めたばかりで、大森での暮らしは近所の人から気軽に声を掛けられる環境に驚きながらも人の温かみを感じる。

 義肢装具士としての仕事だけでなく、会社が取り組むまちづくりにも関心を持ち、「貢献したい」と目を輝かせた。