岸田文雄首相の看板政策「新しい資本主義」の実行計画案がまとまった。格差是正と生活底上げへ長年低迷する賃金の引き上げが最大の課題だったが新たな有効策はなく、経済社会をゆがめてきた行き過ぎた株主重視の是正策も示されなかった。一方でスタートアップ育成やデジタル化など企業活動の支援策が並び、従来政権の成長戦略と大差のないものとなった。

 夏の参院選での争点化を避けるためとみられるが期待外れと言うほかない。国民が改善を望む難題に向き合わず逃げるようでは、首相への信が失われると知るべきだ。

 新しい資本主義は岸田首相が昨秋の自民党総裁選で掲げた。首相はこれまで具体的に「分配機能の強化による所得倍増」をはじめ「金融所得課税の見直し」「自社株買いガイドラインの導入」などに言及してきた。

 1980年代以降、日米欧で経済運営の主流だった「新自由主義」からの転換も明言し、国民としてはこれらの実現へ期待を高めたのは当然だろう。

 ところが分配の柱である所得向上について計画案は、最低賃金の引き上げや下請け企業の利益適正化、実施済みの税制措置などを羅列するばかり。目玉は「資産所得倍増プラン」で、少額投資非課税制度(NISA)などの制度改革を検討する。つまり預貯金から株式や投資信託への「投資の勧め」である。

 日本の世帯の3分の1近くは預貯金・株式などの金融資産残高が150万円未満で、高齢世帯ほど多額の資産を持つ。低所得層だけでなく、多くの現役世帯にとってはそもそも投資へ振り向ける元手がないのが現状だ。その元手づくりに不可欠なのが賃上げなのに、難しいからと資産所得増へかじを切るのは政治姿勢として安易に過ぎよう。

 政府が「貯蓄から投資へ」の笛を吹くことの危うさも指摘したい。特に高齢世帯にとって預貯金は年金と並ぶ老後資金の要であり、投資により資産の安全性を損なう恐れがあるからだ。

 株売却益などへの金融所得課税は、その低さが富裕層優遇と批判されるが、計画案は素通りした。

 女性の活躍支援では301人以上を常時雇用する企業を対象に、男女の賃金格差の開示を義務付けるとした。

 日本は男性の賃金に比べて女性が約22%低く、先進7カ国(G7)の中で最も格差が大きい。今回の施策を通じて上場・非上場を問わず全国の1万社以上に開示を求めることで、格差是正に一助とはなるだろう。

 だが情報開示を通じた企業への圧力は、賃上げにも生かすべきだ。

 今年3月期決算で明らかなように多くの企業が最高益を上げ、配当増や自社株買いの株主還元に充てる一方で、春闘の賃上げは平均で2%程度にとどまる。男女格差にとどまらず、株主還元と従業員の所得向上に回した原資をそれぞれ開示させることで、賃上げへの姿勢を監視できるからだ。

 計画案には、米国などにある社会貢献重視の新たな会社形態の創設検討も入ったが、所得増の効果は限定的だろう。

 今から振り返れば「新しい資本主義」「新自由主義からの転換」と、岸田首相は大風呂敷を広げたものである。国民にこれ以上の期待と誤解を招かないため、首相には速やかな看板の書き換えを求めたい。