誇らしげに当選証明を掲げる中村ひかりさん
誇らしげに当選証明を掲げる中村ひかりさん
三バン無しの松江市議会議員選挙を勝ち抜き、「選挙の常識が覆せた」と話す
三バン無しの松江市議会議員選挙を勝ち抜き、「選挙の常識が覆せた」と話す
選挙活動中の中村ひかりさん。選挙カーは無く、小型の拡声器のみを使って演説した(中村さん提供)
選挙活動中の中村ひかりさん。選挙カーは無く、小型の拡声器のみを使って演説した(中村さん提供)
誇らしげに当選証明を掲げる中村ひかりさん 三バン無しの松江市議会議員選挙を勝ち抜き、「選挙の常識が覆せた」と話す 選挙活動中の中村ひかりさん。選挙カーは無く、小型の拡声器のみを使って演説した(中村さん提供)

 「地盤、看板、鞄(かばん)」ー。これらは昔から選挙で当選するのに欠かせないもので「三バン」と呼ばれ、それぞれ支持組織、知名度、選挙資金を指す。ところが、18日に投開票された松江市議会議員選挙(定数34)では、「三バン」が一つも無いのに、上から10番目の得票数で堂々と当選した31歳の女性がいる。選挙カーすらも使わず、活動はほぼ街頭演説と会員制交流サイト(SNS)での情報発信のみ。同世代の市民たちの声を届けようと、新たな形の選挙活動に挑んだ女性に取材した。   (Sデジ編集部・吉野仁士)


 「正直、私も周囲の友人も落選すると思っていた。いまだに信じられない」。今回の市議選に初出馬で見事当選した中村ひかりさん(31)が、興奮冷めやらぬ様子で話した。


 中村さんは、生まれも育ちも市内の城北地域で、小学生の息子がいる子育て世代のシングルマザー。宅地建物取引士の資格を持ち、2019年から同市春日町で個人の不動産業を営んでいる点以外は、特別な地域活動をしてるわけでもなければ地域の有名人でもお金持ちでもない一市民だ。そんな中村さんが、なぜ強固な地盤を持つ現職市議よりも多くの票を集めたのか。


▼「庶民感覚持った議員を」
 中村さんが市政に興味を持ったきっかけは、20年夏に議論が起こった松江市役所(松江市末次町)の建て替え問題だった。


 19年冬、市役所の建設事業費が30億円増額したという報道の際には、特に気に留めていなかったという。しかし、20年春に新型コロナウイルスが流行して以降、友人たちが経営する飲食店が倒産寸前までに追い込まれる中で、行政の支援の重要性に気付いた。と同時に、市民が苦境にあえぐ中で新庁舎建設に巨額の費用を投じる姿勢に疑問を抱き始めた。


 同じく建設に異を唱える住民団体が同年7月に始めた、建設の是非を市民に問う住民投票の実現に向けた署名運動に賛同した。同時期、そういった市民の声を受けても立ち止まるそぶりすら見せない市長や議員の発言を報道で見るたび「市民感覚とかけ離れている」と強く思った。


 「議会には、一般庶民の感覚を持った人が必要だ」。無鉄砲を自称する自身の性格が、無謀にも見える「三バン無し」での市議選立候補へと駆り立てた。


▼厳しい現実
 とはいえ、中村さんはこれまで政治活動など一度もしたことがない。政治も選挙も、知識が全くない。


 まずは、建て替え問題に関連して県議が主催していた月1回の勉強会に通い、県政報告などを聞いて政治のいろはを学んだ。そのうち、政治家や政治に関心を持つ人々とのつながりが生まれ、選挙に必要な準備や段取りについて少しずつ分かるようになってきた。


 ただ、中村さんが地元の城北地区でのあいさつ回りを始めた21年1月ごろ、知名度や実績の重要性を思い知ることになる。何軒も回ったものの、「ほとんど相手にされていなかった」という。地域で見たことも聞いたこともない人が急に訪れた際の対応としては、当然と言えば当然だ。


 自治会にも推薦を依頼したが、やはり「実績が無い人をいきなり推薦はできない」と断られた。友人たちと後援会組織を立ち上げようとしたが、みんな仕事や子育てで時間が無く、諦めた。


 また、「選挙には300万円は必要」とも聞いていた。子育て中の身では到底用意できない。また、立候補に必要な供託金30万円も、当選するか一定票数を取らないと没収される。当選見込みがない中村さんには厳しい条件だった。


 それでも思いは揺らがなかった。「当選するしないではなく、自分の気持ちをとにかく伝えていきたい。落ちてもいいから限られた資金の中でできることを探そう」。こうして組織、知名度、資金を持たない、無い無い尽くしの選挙活動が幕を開けた。