森外記念館の入り口にある森鴎外の銅像=島根県津和野町後田
森外記念館の入り口にある森鴎外の銅像=島根県津和野町後田

 今年没後100年を迎えた、島根県津和野町出身の文豪・森鴎外(1862~1922年)の名作に親しんでもらおうと、本紙で連載企画「私の鴎外」を始めた。初回は国語教科書でおなじみの『舞姫』だった。高校時代に主人公・太田豊太郎の生き方を巡り、教室で激論が交わされた記憶がある▼国の期待を背負いドイツに官費留学した豊太郎は貧しい踊り子エリスと恋に落ち、身ごもったエリスを捨てて帰国する。明治日本の発展のためという口実を、ある級友は偽善となじり、別の友は仕方ないと擁護した。そんな姿に「君は正しい。あなたも正しい」と思うほかなかった▼改めて約30年ぶりに読み返し、余計に正解が分からなくなった。家名を上げるという前時代的な考えや、豊太郎とエリスの間の激しい身分格差も影響したことは、高校時代に考えもしなかった。大人な級友は、そんな事情も察したのだろう▼舞姫のような究極の二者択一があるから、鴎外文学には深みがある。支えるのが登場人物それぞれの「善」と「理(ことわり)」だ。豊太郎も正否はともかく善と理がうかがえるから共感を得られ、論争となる▼鴎外は幼少期、人間の本性は善という「性善説」を唱えた孟子を学んだ。革命を辞さぬ過激な発想で危険視された儒家でもある。鴎外作品に影響をみる。現実は、ゆがんだ善や理で奪われた命がある。勝手な思い込みで奪われた命もある。(板)