■母の命日 アジサイが咲く頃が母の命日である。父が出征した後、農作業と共同炊飯の宿で早朝から働きづめの日々、疲れから床に伏していた。出征兵士を見送る「兵隊さんごっこ」で遊んでいた私を、祖母が大声で呼んだ。母は虫の息で、痩せ細った手を差し出して私の手を握った。「私の分まで生きるのだよ。この死にざまを覚えておくのだよ」と、訴えるように静かに息を引き取った。享年33歳だった。じっとこらえていた私は、なぜか泣くこともできなかった。幼いながら責任感のようなものを感じていた。あれ以来、泣くことを封印してきた。悲しみの中、庭の片隅でアジサイがき...