国会質疑を通じ国民の不安や疑問の声に耳を傾け、その解消を図ろうとする真摯(しんし)な姿勢がうかがえない。岸田文雄首相が誇示していた「聞く力」は失われてしまったのか。独善的な「1強」政治への逆戻りを憂慮せざるを得ない。
政府は、自民党が大勝した参院選後初めてとなる臨時国会を3日に召集する。会期が5日までと短いため、参院の正副議長選出などにとどめ、実質審議は行わない。
衆知を集めて緊急に対処すべき課題がなく、国民生活も安定している時なら、そうした判断もあろう。では今の国内状況はどうか。
新型コロナウイルスの1日当たりの感染者数は過去最多の更新が続く。通常国会会期末の6月15日、国内で報告された感染者は1万6千人余りだったが、7月23日には20万人を超えた。診療が行き渡らず、多くの感染者が自宅療養を強いられている。
ロシアのウクライナ侵攻は長期化し、世界経済に深刻な影響をもたらしている。日本では記録的な円安が重なり、物価高騰に歯止めがかからない。追い打ちをかけるように夏の猛暑が電力不足の恐れを生じさせ、冬場も電力需給が逼迫(ひっぱく)する可能性がある。
いずれも国民の「命と暮らし」に直結する問題だ。岸田政権の取り組みに改善すべき点はないのか。政府内だけでなく、国会で徹底した議論が欠かせないはずだ。
吉田茂元首相以来、戦後2例目となる安倍晋三元首相の国葬実施を巡っては、異論が根強い。首相時代の政権運営への反発に加えて、費用の全額を国費から拠出する法的根拠のあいまいさが要因だ。「弔意の強制」につながるとの危惧もある。
共同通信の世論調査では安倍氏の国葬について、「どちらかといえば」を含め反対が53%で、国会での審議は61%が必要だと答えた。岸田首相は国葬とする理由や国民の関わり方について丁寧に説明すべきだろう。
安倍氏の銃撃事件を契機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と閣僚をはじめとした自民党議員との関係を問う声が出ている。岸田首相は「政治家の立場から説明していくことが大事だ」と述べたが、政府、自民党よりも個人の責任に押し込もうとしているように聞こえる。
野党は、臨時国会を3日間で閉会とせず十分な会期を確保するよう要請したものの、与党は応じず、閉会中審査で代替することになった。
だがそれでは論議が尽くせず時間切れで終わる事態も予想され、山積する課題での追及回避のためではないかと勘ぐりたくなる。政府、与党にはきちんとした質疑を伴う国会を、早期に開会するよう求めたい。
岸田首相は自民党総裁就任時の記者会見で「私の特技は人の話をよく聞くことだ」と訴えていた。首相としての「聞く力」は、少数意見も表明される国会の質疑に向けてこそ意味がある。自民党が参院選公約のキャッチフレーズにした「決断と実行」もその上での話だ。
安倍、菅両政権は自民「1強」を背景に、野党の臨時国会召集要求を放置したり、会期の延長を拒否したりして国会軽視と批判された。岸田政権までが国会審議をないがしろにするとすれば、それこそ首相の言う「民主主義の危機」を招来することになる。