2022年度の最低賃金の目安が全国平均で時給961円に引き上げられることになった。引き上げ幅は31円と過去最大で、伸び率は3%を上回った。資源や食料品を中心とする物価上昇を反映し、手応えのある引き上げ額が示されたことは評価したい。
政府が目標とする「最低賃金千円以上」の達成も視野に入る。だが物価高騰、地域格差、中小・零細企業の生産性向上など賃金を巡る課題は多い。収入が伸びず、生活水準が上がらない「安い日本」から脱却するため、次の目標と手法を検討する時期に来ている。
最近の消費者物価指数の上昇率は2%を超えている。資源高が電気料金や化学製品の価格に波及しており、値上げはしばらく続くだろう。物価上昇が先行していることを考えれば、最低賃金の大幅な引き上げは当然と言える。政府は物価上昇分の価格転嫁が進むように監視を強め、人件費が膨らむ中小企業を支えねばならない。
厚生労働省などの調査では、最低賃金に近い水準で働く人たちは外食、宿泊、小売りなどサービス業に多く非正規や女性、高齢者の比率が高い。10年前に700円台だった最低賃金はその後、ほぼ一貫して引き上げられてきたが、暮らしの改善を実感させるには至らなかった。全国平均が千円を超えても、歩みを止めるわけにはいかない。
最低賃金の目標を考える時に大事なのは、平均的な民間賃金との比較だろう。例えば英国は「賃金の中央値の3分の2」をめどにしており、賃金動向の変化が反映されやすくしている。非正規や女性の生活改善につながるように、今後の目標をどう設定するか、調査や研究を深めてほしい。
最低賃金は地域による開きが大きい。東京、神奈川、大阪が千円を超えるが、沖縄、高知などは850円程度にとどまる。生計費や賃金水準の違いを反映した結果だが、同じ労働をして得られる賃金に大きな差が生じれば、納得できない人もいるだろう。地元に残って働く若者を増やし、勤労世代の地方移住を促すには、地域格差を縮める努力が必要だ。
最低賃金は中小・零細企業の人件費に大きな影響を与え、引き上げを急ぐと雇用減少につながる。新型コロナの感染拡大で営業規制が続いた2年前、最低賃金の引き上げ幅はわずか1円にとどまった。需要が急減する局面で企業への配慮が必要になるのはやむを得ない。
賃金引き上げで長年の課題になっているのは、中小・零細企業の生産性向上だ。人手に頼るサービス業が多いだけに簡単ではないが、デジタル化や業務効率化の余地がある職場も多い。
中小企業で働く人たちが職場からいったん離れ、職業訓練によって技術を高める機会をもっと増やす必要があり、政府や自治体はそのための支援を惜しんではならない。中小企業のデジタル化は人材と設備投資の両面で支援しなければ効果は上がらない。
都道府県の最低賃金は8月中に決まり、10月から適用される見込みだ。人手不足が続く地域も多く、隣接県の賃金が高ければ県境の労働力が流出しかねない。賃上げには地域間競争という面もあるのだ。政府や自治体は、人件費が膨らむ中小企業への支援と組み合わせ、引き上げの効果を着実に浸透させてもらいたい。