ペロシ米下院議長が台湾を訪問し蔡英文総統と会談した。下院議長は副大統領に次ぎ大統領権限の継承順位が2位の人物だ。中国は激しく反発し台湾を取り囲む海空での軍事演習を発表。米国も万一に備えて周辺海域へ原子力空母を派遣し軍事的緊張が高まっている。

 米中両国は7月28日には2時間20分の電話首脳会談を行い、安全保障や経済、気候変動対策などで関係安定化の道を模索していた。議長訪台が政府間外交の積み上げの努力を無にしないよう望む。

 ペロシ氏は3日の蔡総統との会談で「台湾の民主主義を守る米国の決意は揺るぎない」と強調し、2日に発表した到着後の声明でも「台湾の民主主義への支援」を表明した。過去に訪台した米政府要人と比べて強い反中国メッセージだ。

 米下院議長の訪台は1997年にも行われ、最近は閣僚や議員団が台湾を訪問している。だがペロシ氏は91年に天安門広場を訪れ民主活動家に連帯する旗を掲げ、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と親交を深めるなど、筋金入りの人権派政治家だ。北京冬季五輪でも外交ボイコットを提唱した。中国は他の要人よりはるかにその訪台を嫌う。

 訪台前にはバイデン大統領が「米軍は良い考えでないとみている」と述べ、米紙によると、米軍最高幹部はリスクがあると議長に直接伝えた。中国軍が訪台阻止を目指して行動に出たり、ミサイル発射など台湾の安定を損なう動きに出たりする懸念を表明したとみられる。米安全保障専門家から訪台中止を呼びかける声も出ていた。

 こうした警告にもかかわらず議長が訪台に踏み切ったのは、台湾への軍事的な圧力、香港問題や少数民族の人権抑圧、威圧的な海洋進出、不公正な経済慣行など、中国の政策に反対する考えを明確にする必要からだ。

 ペロシ氏は82歳と高齢で、11月の中間選挙では所属する民主党が下院で敗北すると予想され、議長職を失いそうだ。訪台は業績づくりの面もある。秋に共産党大会を控えて安定重視の習近平指導部が過激な報復には出られない、という読みもあるのだろう。

 しかし7月の首脳会談で「火遊び」をするなと議長訪台の中止を訴えていた習氏はメンツをつぶされた形だ。中国外務省は「強い措置」を予告しており、国内の求心力維持のためにも軍事・経済・外交面で圧力をさらに強めて台湾を孤立させようとするだろう。

 台湾は中国にとって絶対に譲れない「核心的利益」とされ、太平洋での米国とのせめぎ合いの中で軍事的に価値が高い。議長訪台で習氏は統一への執念を一層強めたのではないか。

 バイデン政権は、三権分立制度の下でペロシ氏は独断で訪台したとして、政府間の関係構築とは切り離して対応する方針だ。議長訪台も「一つの中国」政策を変更するものではないと説明している。だがバイデン氏自身が台湾を軍事的に防衛する意思を最近繰り返しており、楽観はできない。

 米中両国が戦力を集中させており、台湾情勢は予断を許さない緊張が続く。衝突という最悪の事態を回避するために、両国は危機時の連絡体制の確立を何よりも急ぐ必要がある。日本は台湾情勢が自国の安全保障にも直結するとの意識からその働きかけを強めたい。