ニューヨークの国連本部で核拡散防止条約(NPT)再検討会議が始まった。4週間にわたり、NPT体制の3本柱(1)核軍縮(2)核不拡散(3)原子力の平和利用―について維持・強化策を議論する。
191カ国・地域が加盟するNPTは国際的な核秩序の「礎石」だ。未加盟国は、NPTの枠外で核開発を進めたインドやパキスタン、イスラエルなどに限られ、北朝鮮は脱退を一方的に宣言した状態だ。国連加盟国の95%超が加入しており、普遍性が最も高い多国間条約の代表格だ。
そんなNPTが1970年の発効以来、最大の試練を迎えている。その主たる要因は、ロシアによるウクライナ侵攻だ。
NPTは核兵器がより多くの国に拡散する事態を恐れた米国と当時のソ連が中心となり、英国と協力してとりまとめた。米国、ソ連(現ロシア)、英国、フランス、中国にのみ核保有を認め、他の国の保有を禁じた不平等条約でもある。
そのため核保有国には誠実な核軍縮交渉を行う義務を課し、非保有国には原発など核の民生利用を認め、促進してきた。
しかし、ロシアのプーチン大統領は開戦直後に核部隊の警戒態勢を引き上げ、露骨な核のどう喝を繰り返してきた。その狙いは北大西洋条約機構(NATO)の直接介入阻止のようだが、断じて許されない。原発への攻撃も厳しく指弾したい。
しかもウクライナは94年に「ブダペスト覚書」を米ロ英と交わし、旧ソ連が残した核兵器を全てロシアに移送することに同意。見返りに米ロ英がウクライナの主権や領土を尊重し、安全保障を一定程度、約束した。
ロシアはこの重大な国家間合意を破壊した。核の威嚇を背景としたむき出しの暴力に訴え、非保有国の主権を踏みにじる蛮行は、半世紀以上続くNPT体制を根底から揺るがす未曽有の一大事だ。
ウクライナの惨劇を目にし、安全保障に不安を覚える国が核武装に走ったり、「核の傘」強化を求める国が増えたりすれば、核兵器の存在意義だけが高まり、人類が目指すべき「核なき世界」はますます遠のく。
NPTの全加盟国は今こそ、こんな「核の悪循環」を反転させる英知を結集する必要がある。そして五つの核保有国は、2000年のNPT再検討会議で表明した「核兵器の全面廃絶に対する明確な約束」を再度誓約し、ロシアは核の脅しを直ちにやめるべきだ。
6月には核兵器禁止条約の初の締約国会議が開かれた。核保有国に加え日本など「傘」の下にいる大半の国が参加しなかったが、推進国は今回現実のものとなった核リスクの除去には核廃絶しかないと改めて訴えた。
岸田文雄首相は日本の首相として再検討会議に初めて出席し演説した。「長崎を最後の被爆地に」と強調し、ロ中を念頭に「核兵器不使用の継続」と「核兵器数の減少傾向維持」を提言した。出席は評価するが、唯一の被爆国としては不十分すぎる。「核不使用の継続」ではなく「核不使用の規範形成」をなぜ求めないのか。核の傘に依存した安全保障を将来的に超克する議論をどうして呼びかけないのか。核兵器禁止条約にも触れず被爆者の失望を招いた。
未曽有の危機が影を落とす今、決裂した7年前の前回会議に続く失敗は許されない。日本外交の真価も問われている。